第7話 三次元彼氏
佐伯「だから、何でお前はそうなんだよ!」
坂田「だ〜か〜ら〜! どうしてお前はそうなんだ、!」
佐伯「ん?」
坂田「ん?」
「あ、おかえりなさい、二人とも。大学、今帰りですか?」
倉橋「ただいま。うん、そう。
『適当に酒&つまみを買ってこい』って、てっさんからメール入ってて。また飲み会とゲーム大会だって?」
「みたいですね」
倉橋「はい、黒烏龍。あと、これも。何か、新製品のチョコだってさ」
「ありがとうございます。あ、このチョコ食べてみたかったんですよ」
倉橋「あ、そうなの? よかった」
「美味しかったら、倉橋さんにも差し上げますね」
倉橋「いいよ、マズくてもちょうだい。半分引き受けるから」
佐伯「てめえら! ほのぼのといちゃつくんじゃねえ! ってか、トキヤ! 話このまま逸らそうとしてっだろ!」
坂田「そうだぞ、! 俺の話はまだ終わってないぞ! いちゃつくんじゃない羨ましいいいぃぃ!!」
「ひぃい、てっちゃん! 本音がだだ漏れだよ! 怖い怖いっ」
倉橋「もういいよ〜その話は! 俺にはムリ! 絶対ムリ!」
坂田「ん? 何が無理なんだ?」
佐伯「こいつ、折角大家さんから娘さんの誕生日聞き出したのに、『おめでとう』言わないつもりなんですよ」
倉橋「だから、わざわざ聞き出したんじゃなくて、話の流れで偶然知ったの!」
佐伯「大して違わねえだろ! 話掛けるチャンスじゃん! 何でお前はそう逃げ腰なの!?」
倉橋「滅多に話さない男から、
いきなり『誕生日おめでとう』なんて言われたら大抵の女の人はひいちゃうでしょ!? 怖いでしょ!? ねえ、さん!!」
「え、ああ、はい。そ、そうですね。うちの店の男性陣は、大抵そんなKYな人ばかりですけどね」
佐伯「だからってお前、このままじゃいつも通り何の進展もなく終わっちゃうだろ!? なあ、!!」
「ええ? ああ、はい、そ、そうなんですか? じゃあ今回は頑張ってみたらどうですか?」
佐伯「ホラ! な? プレゼント渡せとまでは言わねえからさ、かる〜く、サラッと、『おめでとう』って言えばいいんだよ」
倉橋「え〜……?」
坂田「、お前、割とどうでもいいって思ってるだろ?」
「佐伯さんのテンションが上がってる時に、そういう態度がバレると、必要以上に絡まれるのよ……」
佐伯「よし。ここは一つ、にアドバイスを貰おう」
「わ、私ですか?」
坂田「無理だと思うぞー。こいつ、そういうイベントごとに弱いからな。ついさっき、それが原因で男と別れたばかりだ」
佐伯&倉橋「…………」
「原因っていうよりは、キッカケだけどね。ちょっと前から、もう駄目かなって思ってたし」
坂田「付き合い始めた日ぐらい、覚えといてやれよ。気の毒に」
佐伯&倉橋「……………………」
「付き合い始めて一周年で祝おうってんなら分かるけど、一ヶ月ごとに祝ってなんからんないよ」
坂田「一ヶ月で覚えてられないんだから、一年後なんて、お前、もっと覚えてないだろう」
佐伯&倉橋「………………………………………」
「いいの。どうせ、一年ももつわけないんだから」
坂田「またそういう事を言う。何でお前は、最初から半分諦めてるんだ」
佐伯&倉橋「……………………………………………………………………………」
「……いくらなんでも、長過ぎませんか?」
坂田「おーい、生きてるかー?」
佐伯&倉橋「――今、何て言った!!?」
坂田「『おーい、生きてるかー?』」
佐伯「違う! そんな定番なボケはいい! その前! 前! もっと前!」
坂田「『ついさっき、それが原因で男と別れたばかりだ』」
佐伯「おおお、男!? 男って、彼氏!?」
倉橋「つつつ、付き合ってる人いたの、さん!?」
佐伯&倉橋「二次元のじゃなくて!?」
「よーし、二人ともー、ぶん殴るぞー☆」
坂田「何だ、お前ら。知らなかったのか?」
佐伯「知らないっすよ! ってか、そんな素振りかけらもなかったじゃないっすか!」
倉橋「だよね、だよね! だって、いっつもてっさん家に入り浸ってて、俺ら、大抵一緒にいたと思うけど!?」
「そうですねえ。私、すぐに疲れちゃうんですよね、好きな人と一緒にいると。だから、なるべく傍にいないようにしてて」
倉橋「何それ!?」
坂田「そんな事ばかり言ってるから、毎回『愛が薄い』とか言われて振られるんだろ」
「ねー。もう決まり文句になってきてるもんね、それ」
倉橋「す、好きな人と一緒にいると疲れるの? 何で?」
「猫かぶってるからでしょうね」
佐伯「やっぱりか! かぶんなよ、彼氏の前で」
「え、好きな人の前でこそかぶりませんか?」
坂田「いやいやー、ありのままを好きになってもらってこそ、真実の愛だろう」
倉橋「うわ、てっさん先輩がまともな事言った!」
「私は、ありのままの私を好きになってくれる人より、惚れた男に好かれたいです」
佐伯&倉橋「…………」
佐伯「は! あんまりハッキリ男前に言い切るモンだから、思わず納得しかけちまった!」
倉橋「でも結局『愛が薄い』って言われちゃうんでしょう!? ダメじゃんか!」
「ねー。猫かぶってても、嘘吐いてても、ちゃんと好きなんですけどね。
なるべく長く一緒にいたいから、ボロが出ないよう傍にいないだけなのに」
佐伯「お前、それは……分かるわけねえだろ、説明してやらなきゃ」
「『私は貴方の事が好きですけど、猫をかぶっています。何故なら、素の性格があまりよろしくないからです。
猫を常時かぶっているのは疲れるし、何かヘマをやらかす可能性が高くなるので、貴方と会う時間をなるべく減らしたいのです』って?」
佐伯「可愛くねえな! お前は! ホントに! こんなんに惚れた男の顔が見てみたいわ!」
「いえ、だから、こんな私に惚れる男がいないから猫をかぶってるんですけどね。
もう少し考えて喋ったらどうですか? ここまでの一連の流れを理解していましたか? 日本語難しかったですか?」
佐伯「きぃいいいいい!!」
倉橋「ストップ! ストーップ! そこまで! キャー、暴力反対!」
佐伯「……トキヤ、もうちょっとスマートに止めらんねえの?」
倉橋「お前こそ、もうちょっと気を遣えよな。さん、振られたばっかりなんだぞ」
佐伯「……」
倉橋「見た感じはあんまり変わらないけど、いつもより言葉に棘がある。傷ついてるんじゃないのかな。さんなりに」
佐伯「……」
猫かぶってても、嘘吐いてても、ちゃんと好きなんですけどね
佐伯「」
「何ですか」
佐伯「お前、何とも思わねえの? 好きな奴に、ちゃんと、ホントに、好きな奴から『愛が薄い』とか言われて」
倉橋「ちょ、カズ――」
佐伯「お前的には、薄いわけじゃねえんだろ? 何とも――」
「哀しいですよ」
佐伯「……」
「でも、愛情表現が分かりにくい事も事実ですから。
愛が薄いって取られても仕方のない事だとは思ってますよ。しかも、最初から最後まで騙くらかしてるわけですしね。
だから、哀しいですけど、その『哀しい』を相手に伝える気も、『分かってくれない』って相手を責める気も、私にはないんです」
佐伯「……」
倉橋「……」
「理解は出来たけど、納得は出来ないって顔してますね」
倉橋「うん、まあ……」
「多分、それが普通の反応だと思います。――彼も、同じ反応をしたと思いますよ」
佐伯「…………………………分かった」
「……睨みながら言わないでくださいよ」
佐伯「俺、そんな顔してる?」
「はい」
佐伯「そっか。ゴメン。――ゴメン」
佐伯「んじゃ、改めて。、トキヤにアドバイスよろしく」
「この流れでまだ私に訊きますか! アドバイスって言ったって……相手の女性、どんな方なんですか?」
倉橋「い、いいんだよ? さん。無理しなくたって。えっとね、年上で……しっかりしてそう、かな? お姉さんタイプ」
「はあ。誕生日当日に偶然でも何でも、遭遇する機会は?」
倉橋「ああうん、それはあると思う。大抵、朝の出勤時間に会うし」
「親密度は?」
倉橋「し、親密度? ええっと、挨拶するぐらいなんだけど……」
佐伯「ひくっ」
倉橋「ホントに、顔見知り程度なんだよ。朝、俺が乗るバス停まで歩く2〜3分の間に、ちょっと世間話するぐらいで」
「分かりました。じゃあやっぱり改まる必要はありませんね。プレゼントもいらないと思います」
倉橋「だよね!」
「ですが、親密度アップのチャンスですので、佐伯さんも仰ってたように『さり気なく』お祝いの言葉を伝えてみたらどうですか?」
倉橋「で、出来るかなあ?」
「まあ、やるかやらないかまでは私達に強要は出来ませんのでご自由に。
伝える気があるなら、最初にちゃんと、『話の流れで大家さんから聞いた』って事を言ってくださいね。
じゃないとプチストーカー扱いをされてしまいますので」
倉橋「あ、そうだね」
「あと、『おめでとう』の後に妙に間があるのもお互い気まずいでしょうから、バスに乗る直前くらいに言ってください。
言い逃げみたいな形にはなりますが、告白するわけでもないんですから、まあいいでしょう」
倉橋「は、はい」
「サラッとスマートに大人の対応で頑張ってくださいね」
佐伯&倉橋「…………で、出来るかなあ?」
後日
佐伯「あー、腹減ったー」
「チョコならありますよ。食べますか?」
佐伯「チョーダイ」
「はい、どうぞ」
佐伯「サンキュ。――うまっ」
「こないだ、倉橋さんが買ってきてくれたのが物凄く美味しかったんで。あれからちょくちょく買ってるんですよ。
ストロベリーや抹茶もあるんですけど、やっぱり普通のミルクが一番美味しいですね」
佐伯「ああ、俺もそういうのは普通のが好き。
そういや、大家さんの娘さん、誕生日今日だったんだよなー。あいつ、ちゃんと言えたのかね」
「ああ、今日だったんですか? どうなったんで――」
〜♪〜♪〜♪
佐伯「っと、メール。お、トキヤじゃん。
…………『サラッとおめでとうを言おうとして噛んで、バスに乗ろうとしたらつまずいて段差のトコで肘打った』」
「あらまあ」
佐伯「『しかもつまずいた拍子に鞄落として、拾う間もなくバスが発車。今から大家さんトコに鞄取りに行ってきます』……だって」
「ドジっ子の神様がついてますね」
佐伯「ダメじゃん! 大失敗じゃん!」
「え? 大成功でしょう?」
佐伯「何で!?」
「そんな年上のお姉さんなら、スマートな扱いなんてされ慣れてるでしょうし。
それなら、いっそこれぐらいにダメダメな方が、逆に好印象かもしれないじゃないですか。『あら、可愛い……』みたいな」
佐伯「お前、そこまで計算して!?」
「倉橋さんに、スマートな対応なんて出来る訳ないじゃないですか。
しかも、好きな人相手に。あの人、意識すればする程、裏目に出るタイプでしょう」
佐伯「だから、わざわざ『サラッとスマートに』なんて言ったんだな!? 何て奴だ!」
「ウハハハハ」
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