第6話 さくら -前編-
「……この、深夜に流れてる天気予報って、どうしてこう眠気を誘うんでしょうね……」
佐伯「寝るべきだと思うけどな……。4時だし」
倉橋「健康的なおじいちゃんおばあちゃんなら、起き出す時間だよね……」
「ゲームも無事クリア出来た事だし、そろそろ寝ましょうか。――あ、週末は雨ですって」
佐伯「――サクラ!!!」
倉橋&「うわあ!!」
佐伯「サクラだよ! 花見だよ! 忘れてた!」
倉橋「ああ、そういえば……。まだ行ってなかったね、結局」
佐伯「週末に雨って、散っちゃうだろ! 早く行かなきゃ。明日行くぞ、明日!」
「あああ、明日? 明日って、今日? 元気ですね。いってらっしゃい」
佐伯「何言ってんだ! お前も行くぞ、!」
「『何言ってんだ』はこっちの台詞ですよ。そりゃお花見は嫌いじゃないですけど、明日――今日行く元気はないですよ。眠い。寝ます」
佐伯「お前が行かなきゃ、弁当作ってくれる奴がいねえだろ!」
「一緒に行くとしても、弁当なんか作りませんよ。面倒くさい。コンビニでも寄ってきゃいいでしょう」
佐伯「花見といったら手作り弁当だろ! ケチケチしてねえで、作ってください!」
「手作り弁当にこだわるんだったら、花見行くより先に彼女を作ったらどうですか」
佐伯「作れるもんだったら作っとるわぁ! ケンカ売ってんのか、ちくしょう!」
「彼女はいなくても、女友達はいるでしょう。頼んだら、誰か作ってくれるんじゃないですか?」
佐伯「そりゃいるだろうけどよ。さすがに、『今日、花見行こうぜ! 弁当作ってくれよ!』とは言えねえだろ。事前に企画してたんならともかく」
「あなた、それをさっきから私に言ってるんですけどね」
倉橋「ゴメンね、さん。気にしなくていいから。ホラ、カズナも。無理言っちゃ駄目だってば」
佐伯「チッ、ホントにこいつ付き合いわりぃなあ」
倉橋「さん。やっぱり、一緒に行かない? 折角だし。昼間じゃなくて、夜桜にするからさ」
佐伯「お、いいなそれ。夜だったら、それまで寝れるし、それならいいだろ? 弁当はしゃあねえから諦めてやるよ」
「それは一体どこから目線なんですか。分かりました。私も桜見たいですしね。それじゃあ、おやすみなさい」
倉橋「おやすみ〜」
佐伯「おやすみ」
「………………ぅん?」
ガッシャーン!
「!?」
倉橋「ああ! ひっくり返しちゃった!」
「……倉橋さん? 何してるんですか?」
倉橋「あ、ゴメン。起こしちゃったね。おはよ」
「おはようございます」
倉橋「いや、カズナがうるさく言ってたでしょ。お弁当お弁当って。
このまま、本当にお弁当なしでお花見行っちゃったら、また、その……ブツブツ言うんじゃないかなって」
「……ごめんなさい」
倉橋「え?」
「また、『私と喧嘩になる』って思ったんでしょう? ……ごめんなさい」
倉橋「さんは悪くないよ。ただ……別にカズナに悪気がある訳でもないんだよ。
あいつ、思った事がすぐに口から出ちゃうんだ。もう少し、考えて喋るべきだとは思うけどね」
「でも……」
倉橋「ん?」
「でも、そんな風に考えて喋らなくても、色んな人から好かれてるのは、少し羨ましいです。友達多いでしょう、あの人」
倉橋「そうだね。カズナの周りって、自然と人が集まるんだ」
「…………だから私、少し苦手なんです。あの人の事」
倉橋「……知ってる」
「……」
倉橋「そんでもって、こんな風に『気付かれちゃう』のも苦手でしょ。ゴメンね。気付かない振り、してあげればよかったね」
「……倉橋さん」
倉橋「うん?」
「それ、なんですか?」
倉橋「え、これ? 卵焼きでも作ろうかと思ったんだけど、上手く出来なくて……途中からスクランブルエッグに……」
「お弁当にスクランブルエッグ……」
倉橋「アハハハハハ……駄目?」
「倉橋さん、佐伯さんを起こしてください」
倉橋「え? なんで?」
「お弁当があったらあったで、中身に文句を言い、作ったのが『男』の倉橋さんだと知ったら、
それに対してもブツブツ言いそうな佐伯さんを叩き起こして、買い出しに行きましょう。
何か作ろうにも、てっちゃんの家、ろくに材料もないですから」
倉橋「うん! カズナ〜! 起きろ〜!」
佐伯「弁当〜♪ 弁当〜♪ 花見弁当〜♪ カラアゲ〜、春巻き〜、たこさんウィンナー♪」
「タコになんてしませんよ。口に入りゃ何でも一緒なんですから。
あ、倉橋さん。その鶏肉取ってください。……何でそんな量の多い方を取るんですか。そっちの一枚の方で充分です」
倉橋「はい。ねえねえ、メニューは? メニューは?」
「そんなにキラキラした顔で見られても、一般的な物しか作りませんよ。
というか、各自分担して作るんですからね。全部作ってなんてあげませんよ」
佐伯「そういやお前、料理出来んの?」
「好きでも得意でもありませんけど、一応は。出来て損する事はありませんからね。男は胃袋で落とせって言いますし」
佐伯「男をそんな単純な生き物みたいに言うな!」
「そうですか? ――――和風ハンバーグに肉じゃが、おひたし、アサリのお味噌汁」
倉橋「ああ! 美味しそう!!」
「次の日の昼食に、余った肉じゃがの残りでカレー」
佐伯「うわぁ! 余りモンとかで作られるともうダメだ!!」
倉橋「冷蔵庫にあるあり合わせとかで作られると、弱いよね……!」
佐伯「お前、恐ろしい奴だな!!」
「はいはい。お褒めにあずかりまして」
「じゃあ佐伯さんはオニギリ、倉橋さんはデザートのフルーツ担当で」
佐伯&倉橋「はーい」
「はい、良いお返事です。それでは、スタート。――てっちゃん家、卵焼き用のフライパンないんだよなあ。オムレツでいいか。
オムレツの具で、何かリクエストは?」
倉橋「ほうれん草!」
佐伯「ツナ!」
「はい、じゃーんけーん」
佐伯&倉橋「ぽい!!」
倉橋「勝ったーv」
「じゃあほうれん草ですね。ほうれん草はおひたしにもするんですけど、ゴマで和えますか? それともかつお節?」
佐伯&倉橋「ゴマ!」
「残念。私はかつお節派です。佐伯さん、そこの棚の缶からかつお節取ってください」
佐伯「わざわざ聞いた意味は!?」
「喋りながらでもちゃんと手は動かしてくださいねー」
佐伯「ってか、これ、何か三角になんねーんだけど」
「三角が難しかったら、たわら型でもいいですよ。あと、あんまりお米に触れてる時間が長いと、不味くなります」
佐伯「え、マジ!?」
「手に取って、4,5回で握って形にしてください」
佐伯「4,5回!? ムリムリムリムリ! ムリです、ムリ!」
「分かりましたから、そんなに連呼しないでください。じゃあ、はいこれ。ラップ」
佐伯「ラップ?」
「それにご飯を入れて」
佐伯「入れてー」
「ラップをキュッと絞って、先を持って」
佐伯「先っぽ持ってー」
「振り回してください」
佐伯「ええええ!?」
「ブンブンオニギリです。これなら小学生でも出来ます」
佐伯「こういう場合って、優しく手取り足取り握り方を教えてくれるもんじゃねえの!?」
「残念ながら、私と貴方の間には、そんなフラグは立っておりません。黙って人数分振り回してくださいね」
倉橋「さーん」
「はい?」
倉橋「指切ったー」
「ひぃ! だ、大丈夫ですか? 水で血を洗い流しててください。バンドエイド持ってきますから」
佐伯「――あ」
スポッ
佐伯「ー」
「今度は何ですかー? はい、倉橋さん、バンドエイ――わあ!」
佐伯「オニギリ、すっぽ抜けて飛んでったー」
「大惨事じゃないですか! すぐに片付けてください。
あ、倉橋さんは動いちゃ駄目です! 貴方、絶対にご飯踏んづけて滑って転ぶでしょう!」
倉橋「でも手伝わないと――うわ!?」
佐伯「おわあ!?」
スッテンコロリン×2
「……」
佐伯「……」
倉橋「……」
「……お二人とも」
佐伯&倉橋「は、はい?」
「私の『萌え』に、ドジっ子属性は登録されてないんですよね」
倉橋「そ、そうなんだー。残念だったね。ドジっ子萌えなら、今、かなりおいしいシーンだよv」
佐伯「トキヤどけ! 重いんだよ、お前!!」
「ハア……ついでに、BL萌えもないんですよね。
とりあえず、そこ、二人で仲良く『気を付けて』片付けてください。佐伯さん、先に倉橋さんにバンドエイド貼ってあげてくださいね」
倉橋「で、できた……」
佐伯「長かったな……」
「一番感慨深いのは私だと思いますけどね……」
佐伯&倉橋「おっしゃる通りで」
「それじゃあ行きますか。そろそろ日も暮れてきた事ですし、向こうに着く頃には桜もライトアップされてるでしょう」
佐伯「よっしゃ! 花見〜♪ 夜桜〜♪ なんて〜素敵〜♪」
「無駄にいい声で作詞センスゼロな歌を唄わないでください。ホラ、行きますよ」
倉橋「はい、カズナ、お弁当持って。俺、飲み物類持つから」
「あ、私、半分持ちます」
倉橋「さんはこっち。シートとおしぼりよろしく」
「はーい」
BACK TOP NEXT