第40話 桜










「大分……」

佐伯「あー?」

「大分ー、咲いてきたねー」

佐伯「なーにーがー?」

「さーくーらー」

佐伯「何だってー?」

「だから、さーくーらー!」

佐伯「ああ、桜な。ってか、お前、もっとデカイ声で喋れよ。風が強くて何も聞こえねー」

「向かい風だもんねえ」

佐伯「あと痩せろ。チャリ2ケツするには重過ぎ――いっで!」

「お忘れですかー? カズナ君の両手両足はハンドルとペダルで塞がってても、ちゃんは今、どっちとも自由です」

佐伯「てんめ……振り落とすぞ」

「うっわ、ごめんごめん」

佐伯「ったく……。あー、でも、ホント……綺麗に咲いてるな。日曜くらいには、満開になんじゃねえの、これ」

「それぐらいかもねー。……今年はお花見、出来そうにないね」

佐伯「あ? なんで?」

「だって……」




「え? 自動車学校?」

倉橋「うん。春休みの間に、頑張って取ろうと思ってさ。先週申し込んで、今週から行き始めたんだ〜」

佐伯「おーおー、ようやく取る気になったか」

「もう車乗った?」

倉橋「ううん。まだ学科だけ。……技能、怖いし」

佐伯「車校で車乗んのをビビッてどうすんだよ……」

倉橋「こ、心の準備がいるんだよ」

「ブレーキとアクセルを間違える、なんてベッタベタな事しちゃうんだろうなあ、トキヤ君」

倉橋「やめてよ! そういうこと言うの!」

佐伯「初めての路上教習の日は教えてね。一日中、家に引きこもってるからv」

倉橋「やめてってばー! あー、始まったばっかなのに、もう行くの嫌になってきた……食堂マズイし……」

佐伯「げ。最悪」

倉橋「凄いんだよ! 何てったって、カレーがマズかったんだから!」

「うわ、それはよっぽどだ!」

佐伯「カレーって、どんな作り方してもある程度食えそうなもんなのにな……」

倉橋「ビックリしたよ……。あれだけ人のテンションを下げられるカレーもそうそうないよ……」

「気の毒に……」

佐伯「カレー食いたーい」

倉橋&「今の流れで!?」

佐伯「え? だってのカレーはウマいし」

「何で私が作る事前提!?」

倉橋「ああ……ちゃんのなら俺も食べたい」

「いやいやいや、作らないよ!? 大体、今日のご飯当番はカズナ君でしょ!?」

佐伯「そんなこと言ったってお前……このカレー食う気満々の舌をどうしたらいいんだ」

「自分で作って食べなさいな!」

佐伯「肉じゃがの残りで作ったカレーが食いたいー」

「いやいや、そもそも肉じゃがないから」

倉橋「んじゃ、カズナ、昼に肉じゃが作んなよ。で、その残りでちゃんにカレー作ってもらおう。夕ご飯に」

佐伯「いいな、それ!」

「カズナ君、肉じゃがなんて作れるの?」

佐伯「んーん?」

「なにその無邪気な顔! じゃあどうするつもりで――いや、いい! 言わなくていい!」

佐伯「当然、お前に教わる気満々でいるけど? よーし、じゃあ一緒に買い出し行こうか、ちゃん!」

「やっぱりー! それじゃあ結局私が作るようなもんじゃん! ズールーイ!」

佐伯「お前はそんなにマズイ肉じゃがが食いたいのか! 俺は嫌だ!」

「何その逆ギレの仕方!」

佐伯「おら、行くぞ! チャリ、後ろ乗っけてってやっから!」

「いやだよ! こないだカズナ君、トキヤ君を荷台から振り落としたばっかでしょ!」

佐伯「ばっ、お前相手に、んなスピード出すわけねーだろうが」

「え〜?」

倉橋「ねー、仲が良いのはいいけど、そろそろ出掛けないと、本格的にお昼食いっぱぐれるよー?」

「な、仲が良い!? どこをどう見たらそんな――」

佐伯「トキヤー、チャリの鍵取ってー」

倉橋「はいよー。いってらっしゃーい」

佐伯「いってきまーす」

「うあああもう、いってきまーす!! ご飯だけ炊いといてね、トキヤ君!!」




「……何か、思い出したらもう一回腹立ってきた」

佐伯「だから、ちゃんとアイスまで買ってやっただろ。……ウマい?」

「うん♪」

佐伯「一口一口」

「ん〜」

佐伯「おっまえ、ちゃんと口狙ってこっち差し出せよ! 思いっきりホッペタついただろうが!」

「んふふ〜v」

佐伯「ったく……。あ、ウマいな、これ」

「ね〜」

佐伯「んで?」

「え?」

佐伯「さっきのてっさん家でのやり取りと、『今年はお花見、出来そうにないね』はどう繋がるわけ?」

「いやだって、忙しいでしょ、三人とも。お互いに」


トキヤもカズナもバイトをしており、トキヤに至っては自動車学校にまで通おうというのだ。
一週間の間に、会わない日の方が多い、とまではいかないが、去年に比べれば、顔を合わす機会は減っていた。
ただでさえ、開花期間の短い桜の花。
きっと、お互いの予定を合わそうとしている内に、散り終えてしまっているだろう。



「ちょっと……淋しいなあ」

佐伯「……」


自転車を走らせるカズナの背に頭を預け、あぜ道に伸びる影を横目で追う。
ぼんやりとしながら、もう一度心の中で思った。

――淋しい。

きっと、これからどんどん一緒にいる時間は少なくなっていくだろう。
ゆっくりと。けれど、確実に。
トキヤが、あの大家の娘と付き合う事になったら、それこそ、三人揃う日なんて滅多に来なくなる。
それが、堪らなく淋しい。



――好きでもないくせに


不意に、以前トモに言われた言葉が甦った。
そう。こんな風に、トキヤに対して「一緒にいたい」と思うのに、それは――



「そういえば、カズナ君って彼女作んないね」

佐伯「は?」

「女の子好きな上にモテるのに。彼女いるトコ見た事ない」

佐伯「あー、そういやここ最近いねーなー。ってか、お前だって、もうずっといねーだろ」

「……お互い、さみしいねえ」

佐伯「そうですなあ。まあ、俺はお前と違って、その気になれば彼女の一人や二人、すぐに出来っけどな」

「私だって出来るよ」

佐伯「んで、すぐに振られんだろ」

「よくお分かりでっ。――でも、じゃあ何で今はいないの?」

佐伯「……」

「カズナ君?」

佐伯「そんなモンより、大事なモンがあるから」

「え、ちょ、今何で蚊の鳴く様な声で言ったの!? 何にも聞こえなかったよ!?」

佐伯「おー、これがよく乙女ゲーで見る、『え? ○○君、今、何て言ったの?』現象だな!」

「あれは、ヒロインの方のうっかりだけど、今のは明らかにカズナ君がわざとちっちゃい声で言ったよね!?」

佐伯「ちゃんったら、フラグ叩き折っちゃってー。人生には、メッセージログも音声リピートも搭載されておりませーん」

「もー、何て言ったのー?」

佐伯「教えてあげないよん♪ ジャン♪」

「ふっる!」


笑って、笑って、笑って。
「淋しい」という思いを振り切った。
そう思うこと自体が贅沢なんだから。
出会ってから今までが、奇跡みたいなものだったんだから。
こんなにも可愛げのない自分に、こんな友人が二人も出来ただけで、



(――もう充分)








そう、思えたはずだったのに。
一年前の自分なら。














































〜翌日〜


佐伯「お〜、帰ってきた」

倉橋「おかえり、ちゃん」

「ただいま〜」

佐伯「ナイスタイミングだな、お前。リンゴをウサギさんにする方法を教えてください」

「は?」

倉橋「今ね、カズナと二人でお弁当作ってたんだよ。お花見の」

「え、お花見? こんな雨の中?」

倉橋「これ! これ見て!」

「さ、桜!? 桜の枝!? 何でこんなトコに! ま、まさか折ってき――」

佐伯「んな訳ねーだろ! 花屋の店先に飾ってあったのを譲ってもらったんだよ」

倉橋「けど、『桜が欲しーなら他の花も買ってけ』って、色々買わされたんだってさ」

佐伯「くっそー……俺のバイト代が……。とにかく、オラ、もう弁当もほとんど出来てっから、適当に座れ。んで、花を見ろ。チューリップでもバーバラでも何でもあっから」

倉橋「ガーベラだろ……」

佐伯「座りつつ、このリンゴをウサギさんにしろ」

「あ、ああ、はいはい。ウサギさんね」

倉橋「どうしたの、ちゃん。疲れてる?」

「え? あ、違う違う。ちょっと、呆気に取られちゃって」

倉橋「だよね〜。俺も、カズナが桜抱えて『花見すっぞ!』って帰ってきた時は、何事かと思ったよ」

佐伯「うっせーなー。いいだろ、やりたかったんだから」

倉橋「別に悪いなんて言ってないだろ。俺だってしたかったよ、お花見。今年は、ちょっと難しいかな〜って思ってたけど……」

佐伯「こんなもん」


ぶんぶんおにぎりを弁当箱に詰め、花まみれになったテーブルへと運ぶ。


佐伯「こんなもん、別に、わざわざ見に行かなくたって出来るだろ。花があれば」

「……」

倉橋「お前らしいな。ポジティブっつーか何ていうか」

「……だね。リンゴ出来たよ。どこに詰めるの?」

佐伯「そっちそっち。 違う! そこは今から巨峰詰めんだから!」

「巨峰まであるの!? うっわー、豪華ー」

倉橋「奮発したんだよ〜。おかずの方も楽しみに――し過ぎないようにしてね」

佐伯「材料はいい物を買った!」

「何で今材料を強調したの!?」

倉橋「やっぱりちゃん帰ってくるの待ってたらよかったね」

佐伯「サプライズやりたかったんだもんよー。帰ってきて桜があって『わー!』、弁当が出来てて『わー!』」

倉橋「いやでもあのお弁当じゃ別の意味でのサプライズになっちゃうんじゃ……」

「ふ、二人とも、これ以上私の想像が嫌な方向に膨らむ前に、その蓋を開けてくれない!? ねえ、ちょっと!」

倉橋「う、うん、じゃあ、いくよ」

佐伯&倉橋「せーーっの!!」

































こんなもん、別に、わざわざ見に行かなくたって出来るだろ。





だから、
「淋しい」と思う必要なんて、どこにもないんだよ。





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