第41話 すきだよ









高森「さ……桜?」

「ああ、それ? こないだカズナ君が貰ってきてくれたの」

高森「何でわざわざ……。外行きゃ嫌ってくらい咲いてんだろ」

「この部屋でお花見出来るようにって。今年は、トキヤ君も車校行ったりしてて、三人揃いそうにもなかったから……」

高森「は〜。お前らホント仲良いな」

「うらやましい?」

高森「ハハハッ」

「お花見のね、お弁当は二人が作ってくれたんだよ。今年は出来ないかなって思ってた分、嬉しかっ――」


冷えた空気に、言葉を切る。
机の上に頬杖をつき、トモがニコニコと笑っていた。



高森「どうかしたー?」

「……何ですか、その顔は」

高森「どんな顔?」

「皮肉った顔してる。っていうか、わざわざ聞かなくたって、自覚あるでしょ」

高森「別に? ずいぶん素直になったモンだなって、思っただけだよ」

「……責めるみたいな言い方やめてよ」

高森「自分だって、『失言だった』って思ったくせに」

「……」

高森「傷ついた顔するのやめてよ」


の言い方を真似、トモが桜を引き寄せる。
それを顔の前にかざし静かに揺すると、ハラハラと花びらが落ちた。



高森「……俺も」

「え?」

高森「俺も、花見」


ポツリ、と。
花びらと同じように落とされたその言葉に、は目を見開いた。



「え、したいの?」

高森「うん」

「今日、雨だよ?」

高森「桜あんじゃん。っつか、お前らだってここでしたんだろ」

「それは、今年はまだ一回も行ってなかったから……。トモの事だから、どうせもう誘われて行ってるでしょ?」

高森「うん」

「なのに、わざわざ部屋の中でまたするの?」

高森「お前とはしてないだろ」


……。


「……トモ」

高森「俺、弁当なんか作れないから、お前が作って」

「トモ、ねえ」

高森「俺の好きなモンばっかで。覚えてるだろ、ちゃんと。全部」

「トモってば!」

高森「……」

「……こないだから思ってたんだけど、トモ、何か変じゃない?」

高森「何が?」

「何がって、……こないだから、まるで……」


まるで、


「……何かこう、私に対して過剰にデレているような気が……」

高森「お前、もうちょっと他に言い方ないの?」

「出来るだけ核心には触れないでいたいのです」

高森「まるで、俺がお前の事を『好き』みたい?」


……。


「……今、のだめみたいに『ぎゃぼー!』って言うトコだった」

高森「よく飲み込んだな」

「ね! 誉めて!」

高森「えらいぞ!」

「ぎゃあ!」

高森「いっで!」

「だ、だ、だ、抱き締めろとは言ってない!」

高森「未遂だろ……。今、掌底がアゴに入ったぞ、アゴに……」

「やっぱり変! トモがおかしい! おかしいトモ!」

高森「え? 何それシャレ? ちょっといただけないんだけど」

「違うよ!! そんな冷静な目で見ないで!」

高森「お前はちょっと落ち着けよ。ほ〜ら、傷でも舐めようか〜?」

「何かどっかで聞いた台詞! それでどう落ち着けと!」

高森「……だったらどうする?」


机の上に乗せた自身の腕に、トモが顔をうずめる。
くぐもった、小さな小さな声だった。



高森「……また逃げる?」

「……」

高森「……」

「……」

高森「……」

「…………逃げ、ない」

高森「だよなー。俺から逃げる=あいつらからも離れる事になるもんなー。出来るわけないよなー」

「……」

高森「馬鹿だよなー。あの時、止めなかったらよかったのに」


……大切にしなよ。素でいられる相手って、貴重だよ。この先もう、見つからないかもだよ

だから、俺に『離れていく』事を諦めろって?

うん



高森「あれが、最後のチャンスだったのに」


お前にとっても――俺にとっても。


高森「ホント、馬鹿だね、お前は」

「……なぜ手を握る……!?」

高森「ん?」

「何そのとろけそうな微笑み! ちょ、怖い! 怖いから!」

高森「逃げないんだろ?」

「いや、そうは言ったけど……」

高森「俺、したかった事も、言いたかった事も、いっぱいあるよ」

「……」

高森「でもそんな事して、俺の気持ちに気が付かれたら、お前が俺から離れてくだろ? だからずーーっと我慢してた」


軽く絡められただけの筈なのに、その手は、その指は、有無を言わさぬ力を持っていた。
動けない。――動けない。



高森「これからはこーんなラブラブオーラ全開で接しても、お前は『逃げない』んだよな? だーいすきなトキヤ君とカズナ君から、離れたくなんかないもんな?」

「……」

高森「手加減なんか、してやらないから。罪悪感でもがき苦しめ。ざまーみろ」

「……いじめっこ」

高森「そういう所も好きだったくせに」


小さく息をつき、が立ち上がる。
部屋をあとにする彼女に、トモが声を掛けた。



高森「……帰るの?」


今までとは打って変わったその声音の弱々しさに、が思わずクスリと笑う。
臆病で捻くれた淋しがり。



「……おべんと、作るんでしょ?」


けれど、そんな所も全部――


高森「……カラアゲと肉団子入れてね」

「はいはい」

高森「ハンバーグもね」

「はいはいはい」










佐伯「ただいま〜」

「あ、おかえり。遅かったね。今日はもう来ないのかと思った」

佐伯「ちょっと野暮用。そのまんまバイト直行しようかと思ったんだけどさ、お前に借りてたゲーム返そうと思って」

「別にいつでもよかったのに」

佐伯「これをいつまでも鞄に入れてるのが嫌だったんだ」

「面白かった? 『銀の冠』」

佐伯「あの年下――亮君との初エッチは、最後まで抵抗しててほしかった……!」

「アハハハハ!」

佐伯「あと、頼むから次は主人公ボイス有りのゲームを貸してくれ」

「りょーかいです」

佐伯「……で? 何でこいつは眠りこけてんの? お 前 の 膝 で 」

「カズナ君達とお花見したって言ったら、すっかり拗ねちゃって」

佐伯「ほう」

「自分もやるってきかないから、仕方なくお弁当作ってお花見してたトコ。んで、食べて呑んで、潰れちゃった」

佐伯「そんなもん『ポイ』しなさい、『ポイ』」

「出来るものならとっくにしてるんだけど……」

佐伯「あ? っつか、こいつが潰れるなんて珍しくね?」

「だね。いつもよりペースも早かったかも」

佐伯「トモ〜、起きろ〜」

「むりむり。こういう時のトモは、起 き て て も 起きない」

佐伯「お、起きててもって……」

「あ、そうだ。カズナ君、台所の机の上に、お弁当置いてあるから。よかったらバイトに持ってって」

佐伯「え、うそ! マジマジ!?」

「マジマジ。緑色の包みがカズナ君のだから。紺はトキヤ君のね」

佐伯「サンキュー、ちゃん!」

「どういたしまして」









宇野「佐伯〜、休憩お先。お前も行って来いよ」

佐伯「あざーっす♪」

宇野「……? 何かテンション高くね?」

佐伯「そっすか? 気のせいじゃないっすかぁ?」

宇野「客がいないからって、このスペースでスキップはやめろ! マジうざい!」

佐伯「いってきまーす♪」

宇野「いってらー」




井上「あ、お疲れ様です。佐伯さんも休憩ですか?」

佐伯「オツカレ、いのちゃん♪」


ウキウキと椅子に座り、カズナが包みを広げる。


井上「珍しいですね。今日はお弁当なんですか?」

佐伯「そー、お弁当なんです」

井上「もしかして、彼女さんの手作り?」

佐伯「だったらいいんだけどね。残念ながら、お友達の手作り」

井上「……女の子?」

佐伯「かろうじて」

井上「かろうじて……」


パカッ


佐伯「お〜、さすが。うまそ」

井上「おいしそうですね〜」

佐伯「こいつのカラアゲは絶品なんだよな〜v」

井上「佐伯さん、からあげ大好きですもんね」

佐伯「うん、大好きv」


満面の笑みで唐揚げを頬張るカズナから、ヒトミはそっと目を逸らし、膝の上の雑誌へと視線を落とした。
その間にも、カズナはパクパクと弁当を平らげていく。
そして、オムレツを口へと運んだところで、箸を止めた。



佐伯「……」


そのまま、口の中のオムレツをゆっくりと咀嚼する。
みるみる内に、自分の気持ちが沈んでいくのが分かった。

不味かったから? まさか。
いつも通り、彼女の料理はどんなに冷めていたってその味を損なわない。



オムレツの具で、何かリクエストは?

ほうれん草!



佐伯「……っ」


うそ、だろ?
俺、まさか、こんな事で……

箸を置き、口元を押さえる。
ほんのりと甘く味付けられた卵と、ほうれん草。
それを強引に飲み込んで、心の中で首を振る。

いやいやいや、いくら何でも女々し過ぎんだろ、俺。
ないないない、これぐらいの事でショックとかカズナお前、ないわー。ないない。
大丈夫だって、しっかり、しっかり俺!



井上「……? ……さ、佐伯さん? どうかしたんですか?」

佐伯「ん? あ、いやいや、何でもないです」

井上「何でもないって……」


ヒトミが雑誌を傍らに置き、カズナの顔を覗きこむ。


井上「何でもないって顔じゃないですよ。何か、嫌いなおかずでも入ってたんですか?」

佐伯「ううん」

井上「じゃあ、舌噛んじゃったとか」

佐伯「ううん」

井上「……大丈夫ですか?」

佐伯「……」


肯定も否定も出来ないまま、沈黙が流れる。
困り顔のヒトミが、もう一度口を開こうとする前に、カズナが笑った。



佐伯「ごめん! 大丈夫。ちょーっと、センチメンタルな気分になってただけv」

井上「……そう、ですか」

佐伯「うわ、『センチメンタル』につっこんでよ、いのちゃん。何か、無性に恥ずかしくなってきたんですけど!」

井上「だって、佐伯さん、最近多いじゃないですか。センチメンタル」

佐伯「……へ?」


間抜けな顔と、声を返し、カズナがポカンとヒトミを見つめる。
ヒトミはカズナから視線を逸らすと、言葉を続けた。



井上「最近ずっと、元気なかったです。佐伯さん」

佐伯「……俺、そんなに顔に出てた?」

井上「うーん……」

佐伯「バイト中とか、もしかしてグダグダだった!? うっそ、マジで!? ごめん!」

井上「あ、いえ! そんな事ないです! 他の人は、そんな、思ってな、気付いてないと思います! 大丈夫です!」

佐伯「ほ、ほんと?」

井上「ほ、ほんと」

佐伯「よかった〜。――っつか、やっぱいのちゃんは優しいよなあ。そんな、ちっちゃい事にも気付いてくれて……。
    もしかして、色々気ぃ遣わせてた?」


井上「いえ……」

佐伯「ごめんな〜。ダメなお兄さんで、ホントごめんな〜」

井上「……優しい、とかじゃないですよ」

佐伯「……」

井上「……」

佐伯「……そーお?」

井上「私が、佐伯さんのそういうのに気付いたのは、全然、優しいとかそんなんじゃなくて、私、私が――」


不意に暗くなった視界に、言葉を切る。
カズナの大きな手が、ヒトミの目の前にかざされていた。
その手の、行動の意味を悟り、ヒトミが唇を噛む。



佐伯「…………タンマ。タンマな。ごめん、――ストップ」


膝の上で震える手を握り締め、カズナの長い指の隙間から、彼の顔を覗き見る。
困らせたい訳じゃない。
笑って欲しい。――笑っていて欲しい。



井上「……私が、ずっと、たくさん、佐伯さんの事を見てたからです」


手を伸ばし、カズナの手に触れる。
自身の手と共に、それをテーブルへと下ろし、真っ直ぐ彼の目を見つめた。



井上「あなたの事が好きだからです」


声を、震わさずに言えただろうか。
たった今の事なのに、思い返す事が出来なかった。
息を殺し、ただただ体を硬直させる。
カチコチと響く時計の音だけが、たった一つ、この部屋で動いているものだった。



井上「……」

佐伯「……」

井上「……」

佐伯「……」

井上「…………さ、佐伯さん!!?」


突如、ボロリとカズナの目から零れ落ちた涙に、ヒトミがギョッと目を見張る。
カズナはといえば、先程のヒトミの言葉を反芻していた。

何度も――何度も。


好きです

好きです

好きです

好きだよ


「すきだよ」


たった一言、そう伝える事さえ、許されない恋だった。








だけど、なあ、



佐伯「あーもー、ごめん。マジごめん。俺、超カッコ悪い。ちょっと今、不安定なんです。ごーめーんー」


ゴシゴシと目をこするカズナの手を、ヒトミがやんわりと制する。
苦笑しながら、彼女は静かに口を開いた。



井上「……図々しい事、言います」

佐伯「……」

井上「もし、ちょっとでも、ほんのちょっとだけでも、迷ってくれるんだったら」

佐伯「……」

井上「私を選んでください。いっぱい、幸せにします。いっぱい、頑張ります。お願いします」


そう言って頭を下げるヒトミに、カズナが一拍遅れて吹き出した。


佐伯「いのちゃん、おっとこまえ過ぎ!」

井上「さ、佐伯さんだって乙女チックじゃないですか!」

佐伯「あー、ダメだー、ツボ入ったー。いのちゃんカッコいー。俺カッコわるーい」


テーブルへと突っ伏し、笑い続ける。
俺、思ってた以上に、駄目だったんだな。限界だったんだな。もう、ずっと以前から。



「傍にいてやる」なんて言ったけど、本当は、俺って必要ないんじゃないのか?

「そばにいる」と言ったのに、それを強く望めば望むほど、彼女の望まない自分になっていく

いつか、離れる日が――……



ふっと目を細め、泣き笑いのような顔で、唇を結んだ。


――離れよう。
いつか、あいつへの想いで、息さえ出来なくなるその前に。












「すきだよ」


たった一言、そう伝える事さえ、許されない恋だった。
想いが叶うよう、努力する事さえ、許されない恋だった。

何もかもが、望まれていない、恋だった。

だけど、



ごめんな、、恋だったよ。

恋だったんだよ、間違いなく。





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