第38話 綻









佐伯「な…………何やってんだ、こいつら」


買い物袋を取り落とさなかった自分を褒めてやりたい。
いつも通りテツガクの家へと帰ってきたら……



佐伯「何だこの状況!」


トモが、パソコンの前にある座椅子の上で眠りこけていた。
恐らくプレイ中なのだろう。ディスプレイには堂々と映し出されたエロスチル。
いや、それより何より一番の問題は――彼の腕の中、もたれかかるようにして、同じように寝息を立てているの姿だった。

マジで何やってんの、この女! デコ全開で! わけ分からん!



佐伯「おき、起きろ! 起・き・ろ、こら! 起きろっての!」

高森「ん……?」


……。


佐伯「グッモ〜ニ〜ン? トモ、タカモリィイイイ?」

高森「…………はよ」

佐伯「お前、何してんの、マジで。なあ。ねえ。あ?」

高森「落ち着け、カズナ」

佐伯「うっせえよ、てめぇ、説明次第ではそこの青龍円月刀に手ぇ伸ばすぞこんにゃろ……!」

高森「わあ、怖い」

佐伯「何がどうなって、こんな状況になってんだよ……! 大体、お前ら、こないだ――」


ハハッ、いや、ナイスタイミングだったんじゃない?

カズナ君と、ドキヤ君と、ず、……ずっと、い、いっじょに、いだい……っ!



佐伯「あんな、ボロボロ泣かしといて――!」

高森「……泣いた? が?」

佐伯「以外の誰がいるってんだよ!!」

高森「……ふーん……。――『何が』って言われると、事の発端はお前なんだけどな」

佐伯「は?」

高森「実は――」




高森「うわ、何だこのエロゲの山」

「んー、カズナ君に貸したげる分。乙女向きでもやってみたいって言うから」

高森「お前、こんなにいっぱいのエロゲ鞄に詰めて、てっさん家まで来たのかよ」

「うん……。電車の中でその事実に気付いてさ……。今ここで異臭騒ぎとか起きて、荷物チェックなんかされたら私死ねるなって、ちょっと思った」

高森「ハハッ」

「どれがカズナ君のツボにハマるか分かんなかったから、とりあえず色々持ってきたんだけど……どれがいいと思う?」

高森「お前のオススメは?」

「アロマのツキの光ー」

高森「いや、それヒロインの声がないやつだろ」

「何で知って――ああ、トモの前でやってたんだっけ。これ」

高森「肝心のHシーンで、延々と野郎の声聞かされる男の気持ちにもなれよ。げっそりしてくるぞ」

「アハハハハ」

高森「しかも、攻略キャラで、一人トキヤにそっくりな声のやついるだろ。ってかお前、今確実に嫌がらせで選んだだろ」

「バレた。あの人、こないだもまた待ち合わせに遅刻してきたんだよー、もう」

高森「あー。あいつのあれは、もう治らないって。諦めろ」

「いつか絶対誰かに愛想尽かされるよ、あれ」

高森「ハハッ、誰かなんだ」

「え?」

高森「お。これとかいいんじゃね? ヒロインが巨乳でアホっぽい」

「ああ、シュガーのやつ? それだったら……それだったら!」

高森「わ!」

「こっちの新作のがいいかも!」

高森「……なんで?」

「え? そりゃ、新しく出たやつの方がよくない? こっちもちゃんと巨乳だし」

高森「……ふーん……」

「あ、ちょ! 何でいきなりインストールし始めるの!?」

高森「さり気なーくかわそうとしてるけど、絶対そんな理由じゃねえだろ、お前」

「かわそうとなんてしてないよ!」

高森「他の奴らならスルーだろうけどー、俺はー、誤魔化されてやらなーい♪」

「もう……違うって言ってるのに……。じゃ、トモがゲームしてる間、夕飯の買い物に行って――」


ガシッ


「へ?」

高森「だから、さっきから言ってるだろ、『逃がしてやんない』って」


ひょいっ


「うわぁあ!」

高森「はい、どっこいしょー」

「何この体勢!?」

高森「大人しくしてろよ、アゴ置き」

「顎置き!?」

高森「兼、攻略本」

「そんなてっちゃんみたいなこと言って……!」

高森「はーい、いい子だから大人しくしましょうねー」

「ひぃいいい……!」




高森「んで? これ、誰がオススメ?」

「は……え……?」

高森「何げっそりしてんだか。ホラ、オススメは?」

「ああ、えっと……基本、ほとんどSだから、誰を選んでもヒロインは苛められてるよ。よかったね」

高森「へー。とりあえず、メインっぽいのからいくかー」

「メガネ?」

高森「んーん。銀髪の方」

「……」

高森「あ! お前、今何でムービー飛ばした!?」

「て、手がうっかり!」

高森「嘘つけ!」

「い、いいから、ほら、始めなよ」

高森「ぜーってー何かある……」

「何もないってば……」


オープニングプレイ中……


「トーモ、トイレ行っていい?」

高森「だめ」

「駄目!?」

高森「だーめv」

「んな可愛く言われても! やーだー! トイレ行くー!」

高森「あ、銀髪出てきた」

「!!!」


銀髪「ふん、なんだこの娘は」


高森「……」

「……」

高森「……ちゃ〜〜ん??」

「は、はあい?」

高森「んな可愛く言ったって誤魔化されませんよ〜? この銀髪君……俺の声にそっくりじゃないかな〜?」

「や、やだなあ。プロの声優さんと『声がそっくり』だなんて、トモ君ったら自意識過剰いだだだだ! トモ、トモ! 顎乗せたままグリグリすんのやめて! 鎖骨超痛い! 鎖骨超痛い!!」 

高森「はー、何かあるとは思ったけど、こういう理由だったわけね。スッキリした」

「スッキリしたなら、そろそろ解放してくれませんか……」

高森「ちゃんのへんたーい」

「何でよ!?」

高森「だって……元彼と声がそっくりさんの出てくるエッチなゲームなんてしちゃって……」

「ほ、ほほほ、頬を染めるなあ! 違います! 私は、メガネと赤髪が目当てで買ったんだもん!」

高森「でも銀髪攻略したんだろ?」

「そ、そりゃしたけど……せっかく買ったんだし……」

高森「プレイしてる時に、俺のこと思い出したりとかした?」

「……」

高森「?」

「嫌でも思い出すでしょ、これだけ似てりゃ……!」

高森「ハハハハハッ」

「も、ホントごめんなさい。ホントごめんなさい。思い出しはしたけど、純粋にゲームとして楽しんでただけなので許してください」

高森「カズナに貸すのはなしな?」

「了解です……」

高森「んじゃ、罰としてプレイ続行ー」

「言うと思ったー!」

高森「よく分かりまちたねー」

「分からいでか!」




高森「――で、数時間のプレイの末、今に至る」

佐伯「……」

高森「カズナ?」


話をちょっと聞きかじっただけでも、終始いちゃついてるようにしか思えないのは、俺の気の所為か!? 気の所為なのか!?


佐伯(っつーか、トモの雰囲気が――)

高森「ん?」


……。


佐伯「…………す」

高森「『す』?」

佐伯「鈴木達央が出たぞーっ!!」

高森&「!?」

「な、な、な……!?」

佐伯「起きたか」

「何事!? た、たつ君がどうしたって!? は、え!? え!?」

佐伯「うそに決まってんだろ、バカ女」

「び、びっくりしたー! ってか、何なの一体! 人が気持ちよく寝てる所に!」

佐伯「寝顔のあんまりのブサイクっぷりにどん引きしたんだよ! 何だその変な頭!」

「あ、頭!? 私、今日は別に何も――」

倉橋「たっだいま〜。って、あれ? トモも来てたんだ?」

高森「おかえり。俺は今帰るトコ」

倉橋「え? そうなの? ご飯食べてきゃいいのに」

高森「いや――」

倉橋「って、あの二人、またケンカしてるよ。二人とも〜、た〜だ〜い〜ま〜」

佐伯&「おかえり!!」

倉橋「こ、怖い怖い。……どしたの、ちゃん。可愛いのいっぱいつけて」

「は?」

佐伯「鏡見てみろ、鏡」


そう言われ、鏡を覗いてみれば、頭のあちこちに飾り付けられたヘアピンにヘアゴム。
その一つ一つに蝶やら花やらがゴテゴテキラキラと輝いていて――



「へ、変な頭!!」

佐伯「だからさっきからそう言ってんだろうが!」

「わ、私がしたんじゃないもん! 何だこれ!」

倉橋「アハハ、ちゃん、ライオンキングみたーい」

「何か無邪気に笑われた!」

佐伯「初めて見るやつばっかだぞ。ってか、お前じゃないなら、一人しかいねーだろうが」

「〜〜トモ!!!」


玄関では、ばつが悪そうに振り返るトモの姿。


高森「……もうちょっと後で気付けよ」

「人が寝てる間に何してくれちゃってんの! もう!」

高森「あー、うん……」


憤慨するに、トモが珍しくモゴモゴと言いよどむ。


高森「……ホワイトデーだよ。ちょっと早いけど」

「…………は?」

高森「お前、どうせ当日はイベントデーとかで店だろ? だから」

「……」

高森「……」

「あ、ああ、そうなの。それは、どうも……」

高森「うん」

「あ、ありがと」

高森「……うん」

三人「……」


トモがはにかんだ……!!!


高森「んじゃ、帰りま〜す。またな」

「き、気を付けてね〜」

佐伯&倉橋「お、お気を付けて……」

三人「……」

「……ふ、二人とも」

佐伯&倉橋「な、なんですか」

「白目剥きそうな顔になってますよ。大丈夫ですか?」

倉橋「だ、大丈夫。見慣れない物を見たもんだから、思わずひっくり返りそうになっちゃった……」

佐伯「……あいつ、やっぱ、何か変だ」

「風邪、まだ完璧に治ってないのかな……」

倉橋「写メでも撮っとけばよかったね」

「さて、と! 夕飯の準備しますかー。二人とも、いつまでも呆けてないで、サラダくらい手伝ってくださいね」

倉橋「あ、うん。すぐ行くー」

佐伯「……呆けてんのはあっちの方だろ」

倉橋「え?」

佐伯「頭、あのまんまで料理し始めやがった」

倉橋「……何気に、一番動揺してるよねぇ」




佐伯(…………面白くね)




「カズナくーん。サラダ、ポテトとパスタ、どっちがいーいー?」

佐伯「パースーター」










トモよりも、トキヤよりも、下手したらテツガクよりも、
自分が一番――彼女から遠くにいるような気がした。





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