第37話 バレンタイン









宇野「なあ、佐伯。イノちゃんって、彼氏いんのかな?」

佐伯「は? 『イノちゃん』? ああ、井上さんの事っすか?」

宇野「そうそう。俺、いつも笑顔で一所懸命v みたいな子に弱いんだよ〜」

佐伯「あー、まさに井上さんですね〜」

宇野「かっわいいもんな〜、いるんだろうな〜」

佐伯「いや、知らないっすよ。本人に訊いてみたらいいじゃないっすか」

宇野「んな簡単に訊けたら苦労しねえよ!」

佐伯「別にそんな難しいことじゃないでしょ。こうサラッと……『イノちゃんって、彼氏いんの?』」

宇野「あ、イノちゃん」


……。


佐伯「あ、オツカレー。今からバイト?」

井上「え、あ、は、はい」

佐伯「俺らはもう上がりー」

井上「あ、そ、そうなんですか。お疲れ様です。あの、これ。よかったら食べてください」

佐伯「おー、チョコレート! ありがとー!」

井上「はい、宇野さんも。いつもお世話になってますv」

宇野「ありがとーv こちらこそ、いつもどうもです」

佐伯「マメだね〜。イノちゃん、絶対モテるだろ?」

井上「え!? ぜ、全然、そんな!」

佐伯「またまた〜」

宇野「またまた〜」

井上「ふ、二人してからかわないでください! わた、私、着替えてきますっ!」

佐伯「あ、ごめんごめん。これ、ホントにありがとな〜」

井上「………………い、いませんから」

佐伯「ん?」

井上「か、彼氏なんて、その、いませんから……! お疲れ様でした!!」

佐伯「……」

宇野「……」

佐伯「『いない』ってさ。よかったっすね」

宇野「チョコくれたって事は、嫌われてはないよな?」

佐伯「イノちゃんみたいないい子に嫌われるって、よっぽどですけどね」

宇野「うあー、貰えるって思ってなかったから、マジうれしー♪」

佐伯「ってか、ホントにマメっすよね。バイトの同僚相手に……」

宇野「ん? どした?」

佐伯「バイトん中に、本命がいたりしてv」

宇野「!? マジで!?」

佐伯「本命にだけ渡したら不自然だから、全員に配ったとか?」

宇野「ちょ、俺のこのチョコどっち!? どっちなの!?」

佐伯「さー? あ、手作りだ」

宇野「なんだって!?」

佐伯「うまっ!!」

宇野「なんだってー!? ちょ、食えないって! もったいなくて食えないって!」

佐伯「食わないほうがもったいないと思うんスけど……」

宇野「おまっ、お前なら食えんのか!? 好きな子が『はいv』って手渡してくれた手作りチョコを、あっさり食せてしまうのか!?」

佐伯「えー……?」



「はいv カズナ君の為に作ってきたの。食・べ・て?」



佐伯「食えないっすね」

宇野「だろ!?」

佐伯「怖くて」

宇野「こわ……!?」

佐伯「お゛お゛お゛お゛お゛、気色の悪い想像させないでくださいよ。胸焼けしてきた……」

宇野「お、俺、ちゃんと『好きな子』って言ったよな!? なんでそんな状態になる!?」

佐伯「ほっといてください!!」

宇野「何ギレェ!?」








「モテるんだろうなあとは思ってたけど……」

佐伯「……」

倉橋「……」

「まさかここまでとは……こんなにいっぱいのチョコレート、生まれて初めて見た。しかも、本番の14日は明日なのに……」

佐伯「まあ今年は彼女がいねーからなー。すっげー軽いノリでくれたぞ、みんな。なあ?」

倉橋「いや、俺は直接くれる人は断ってたし……」

佐伯「うぇ!? 何で!?」

倉橋「だって……一応、ほら、好きな人がいるわけだし……ね」

佐伯「は、恥らうなアホ! ってか、付き合ってる訳でもない女に、操立てしてどうすんの、お前!」

「という事は、間接的に渡されてこの量って事か……」

倉橋「う、うん……」

佐伯「まあ、その……」


CELLの分もあるんだけどね。


倉橋「……ありがたいよね、ホント。すっごく嬉しいは、嬉しいんだけど……」

佐伯「一気に食える量じゃないよな」

「けど、早く食べないと溶けちゃうし……」

倉橋「冷蔵庫、こんなにいっぱいは入らないし……」

佐伯「生チョコとか入ってたらまずいよな。そっち先に食わなきゃ」

「どれが何のチョコなのかは、この包み開けるまで分かんないけどね」

倉橋「これを全部……」

三人「……」

「……と、とりあえず」

佐伯「とりあえず?」

「窓を開けましょう。甘ったるい空気に、酔っ払いそうになってきた」

倉橋「大丈夫ー?」

佐伯「うっしゃ! んじゃ、食うか! 一個ずつ!」

倉橋「だな!」

「頑張ってねー」

佐伯&倉橋「いっただっきま〜す!」




「……うん、まあ、こうなるだろうなとは思ってた」

佐伯「う゛う゛う゛う゛う゛」

倉橋「もう……無理……っ!」

「これ、一気に完食は絶対に無理だから」

佐伯「せんべい……! せんべいが食べたい……!」

倉橋「俺、お茶漬け……!」

「もう、毎日少しずつ食べればいいでしょ」

倉橋「少しずつ……」

「三食チョコ食べて、おやつにチョコ食べて、夜食にチョコ食べたら、三週間くらいで完食出来ますよ」

佐伯「やめろおおおおお!!」

倉橋「体中の血液がチョコになっちゃうからー! 糖尿病も真っ青ですからー!」

「じゃあどうするの。残すの? 捨てるの?」


佐伯&倉橋「冗談じゃない!!」


「うん、頑張れv」

佐伯「ちょ、休憩。休憩しよう、トキヤ」

倉橋「そうだな。タイム、タイム」

佐伯「あー、口ん中が……チョコチョコパラダイス……」

倉橋「俺は結構幸せだけどね。けど、食べ終わる頃には何kg増えてるかなあ……」

「いいじゃないですか。二人とも細いんだから、ちょっとぐらい太ったって」

佐伯「そりゃ、脂肪ばっかのお前とは違いますからv」

「今日のお夕飯、チョコフォンデュにします?」

佐伯「すいませんっした」

倉橋「あ、でもそれいいかも」

佐伯「はあ!?」

倉橋「いや、晩御飯は晩御飯でちゃんと普通のが食べたいけどさ。このチョコ溶かしてフォンデュにしたら、感じが変わってもう少し食べられるかもよ」

佐伯「……バニラアイスとかに掛けて食ったらウマいかも!!」

倉橋「それいい!!」

「……」

佐伯「よし! やってみようぜ!」

倉橋「うん! どうすればいいの?」

佐伯「どうすればって、そりゃ……チョコ溶かすんだから、鍋に入れて火にかけりゃいいんじゃねえの?」

倉橋「そっか!」

「わー! んな訳ないでしょ! 焦げる! 激しく焦げるから!」

倉橋「え? じゃあどうやって溶かすの? レンジでチン?」

「チョコ溶かす場合は、湯銭にかけるんですよ。ホラ、まな板でちょっと刻んで、ボウルに入れて……」

倉橋「ふんふん」

「で、お鍋にお湯いれて、その中にボウルを入れるんです」

佐伯「あー、そういやなんか聞いた事あるわ」

倉橋「ちゃん、手伝ってくれるの?」

「てっちゃん家の、一つしかないお鍋を焦がされちゃたまったもんじゃないからね。その代わり」

佐伯「ん?」

「溶かす前に、必ず一つはそのままの状態で食べること! くれた人に失礼だからね」

佐伯&倉橋「アイアイサー!」




佐伯「おぉ〜、すっげトロトロになってきた〜」

「チョコにお湯が入らないように気を付けてね」

倉橋「ただいま〜。バニラアイス買ってきたよ〜!」

「おかえり。じゃ、お皿にアイス盛り付けましょうか」

倉橋「うっわ〜、楽しみ〜。ちっちゃい頃から、一回やってみたかったんだよね〜」

佐伯「俺も俺も! なあ、もう掛けてもいい!?」

「うん――って、のわ!? ボウル! ボウルの底を拭いてから! バニラアイス、お湯まみれにする気!?」

佐伯「わ、悪い」

倉橋「ご、ゴメンね、何かちょっとテンションが上がっちゃって……」

「じゃあ私がかけてあげますから……ほ〜ら、トロ〜」

佐伯「トロ〜v」

倉橋「とろ〜v」


パクッ


佐伯「……」

倉橋「……」

「あらやだ。ぶっさいくなお顔」

倉橋「も、もうちょっとかけて」

佐伯「お、俺も」

「はいはい。トロ〜」


パクッ


佐伯「……」

倉橋「……」

佐伯「〜〜チョコがすぐ固まっちまう!!」

倉橋「違う! 俺達が食べたかったのは……想像してたのはこんなんじゃない!!」

佐伯「もっとこう、つめた〜いアイスと、あっつあつのチョコレートのコラボレーションがだな!!」

倉橋「チョコとバニラのハーモニーがね!!」

「うん。けどまあ、冷たい物に熱いチョコかけたら、固まっちゃうのが自然の流れだよね」

倉橋「何をそんな冷静に!!」

佐伯「は! まさかお前……!!」

佐伯&倉橋「こうなるってこと知ってたな!?」

「フハハハハハ!!」

佐伯「てめえ、ー!!」

倉橋「ひどいー! ひどいよー! 俺達のあのワクワクドキドキしてた時間を返してよー!」

佐伯「ふざけんなー!」

「私だって!!」

佐伯&倉橋「!!?」

「私だってガッカリしたんだから! しかも一人で! 一人ぼっちで! ワクワクドキドキしながら作って、一人ぼっちでガッカリしたんだからー!」

倉橋「えええ、ちゃんも作ってたの!?」

佐伯「しかも一人で!?」

「こないだバレンタイン用のチョコ作ってる時に、急に思いついて……すっごくウキウキしながら作ったのに、いざ食べてみたらこのザマだし……!」

佐伯「お、お〜い、〜?」

倉橋「だ、だいじょう――」

「ざっまあみろだわ!!」

倉橋「その結論はおかしいでしょー!?」

佐伯「俺達を巻き込むなー!」

「いいじゃないですか! 私は一人でメチャメチャ恥ずかしかったんだからね!
    口に入れるまで気付かなかった己の馬鹿さ加減に、本気で落ち込んだんだからね!」


佐伯「くっそー! お前も食えー!」

倉橋「そうだよ! ホラホラ口開けて!」

佐伯&倉橋「アーーーーン!!!」




佐伯「――と、まあ冷静になってみれば」

倉橋「これはこれで美味しいよね。チョコがパリパリしてて」

「ひ、人の顔チョコレートまみれにしといて、言いたい事はそれだけ!?」

佐伯「ハッハッハ、

「な、なんですか」

佐伯「舐めてやろうか?」

「噛みつきますよ」

倉橋「そういえば、ちゃん、バレンタインのチョコは手作りなんだね。ちょっと意外」

佐伯「だよな。お前、そういうのは買って済ますタイプかと思ってた」

「そりゃ買った方が楽なんですけど、店のお客さんに配る分が半端じゃないんだよね。だから、量が多い場合は作っちゃった方がコスト的にお得なの」

倉橋「やめて! 俺達の『手作りチョコv』のイメージが!!」

佐伯「赤いチェックのエプロン着た女の子が、ほっぺたにチョコつけながら悪戦苦闘してるイメージが!! 台無しじゃねえか、ちくしょう!」

「二人とも、もういい年なんだから、そろそろ現実を見てください」

倉橋「ちゃんが無駄にリアリストなんだよ!」

「そりゃどうもスミマセンねっ」

佐伯「あー、もういいや。こいつのこの性格は今に始まった事じゃねーし。――んで? チョコは?」

「は?」

佐伯「俺らにチョコは? まさか店の連中に作っといて、俺らに何もなしってわけねーよなあ?」

倉橋「楽しみだな〜、ちゃんのチョコ♪」

「今食べたじゃないですか」

佐伯&倉橋「…………へ?」

「今さっき、溶かして、食べたじゃない。チョコレート」

倉橋「ま、まさか……」

佐伯「お前、あの中に一緒に混ぜちゃったのか……!? 俺らのチョコを……!?」

「いや、『俺らのチョコ』って、あのチョコはそもそも全部二人のチョコ――」

佐伯「言いたいのはそんな事じゃねえ!!」

「ひぃ!」

倉橋「ちゃん! ちょっとそこにお座りなさい!!」

「はぃい!!」

倉橋「何で俺らに渡してくれる前に、そういう事しちゃうの!」

「ど、どうせ」

佐伯&倉橋「『お腹に入るんなら一緒の事かなと思って』」

「おぉ〜」

倉橋「なに拍手なんかしてんだ! このおバカ!」

「ば、ば、ば、馬鹿!? トキヤ君に! トキヤ君に馬鹿って言われた!!」

佐伯「あーもー! お・ま・え・は、ホントにもー!」

倉橋「あのね、何度も何度も言うけどね、ちゃん」

「は、はい」

倉橋「俺も、カズナも、ちゃんのこと、相当特別に思ってるからね、チョコだってね、ちゃんと『ありがとう』って言って食べたいんだよって事が何で分かんないかなこの子は」

「あわわわわ」

佐伯「どんな言い方すれば理解するんだこの脳みそはみその代わりにラーメンでも詰まってんじゃねえのか」

「あ゛わ゛わ゛わ゛わ゛ちょっと二人とも頭引っ掴んで掻き回さないでい゛だだだだ」




倉橋「ああもう……脱力した……」

佐伯「俺も……」

「ご、ごめんなさい……」

佐伯「……」

倉橋「……」

「ご、ごめんね」


怒られてるのに、どうしてこんなに、嬉しい気持ちになるんだろう。


「今度、また作ってくるから」

倉橋「……反省した?」

「し、した。しました」

佐伯「今度っていつ」

「い、いつ? えっと、明日はイベントデーで無理だから、日曜日の夜……かな? 今度のはチョコ以外の物にしましょうか」

佐伯「なんで? 別に今更この量に二個増えるくらい――」

「……今年から……逆チョコなるものが登場しましてね……」


……。


佐伯「店の客か!!」

倉橋「ちゃんが遠い目を!」

「店側が『イベントデー』と称してる以上、店員が乗っからないわけにはいかないですからね……。
    渡した分だけチョコが舞い戻ってくるなんて……何て不毛な……」


佐伯「って事は、明日の夜にはこれ以上にチョコが増えるって事か……!」

倉橋「いつまで経っても暖房がつけられない……!」

「と、いうわけで」

佐伯「はい。チョコ以外のもので」

倉橋「お願い致しします」

「かしこまりました」

佐伯「……」

倉橋「……」

「……」




三人「お互い、頑張って平らげようね……!!」




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