第36話 もういっかい
――つめたいね。
非難するでも、なじるわけでもなく、淡々とそう呟くから。
それが、ただの事実であるかのように、呟くから。
だから――
高森「……やな夢見た……」
「ああそう。それはご愁傷様」
高森「……?」
「それ以外の何に見えるの。鍵開いてたから、勝手に入ったよ。というか、いくらピンポン鳴らしても出ないし」
高森「爆睡してた……」
「わざわざ言わなくても分かるよ。風邪、どう? 熱は?」
高森「体温計、行方不明……」
「関節痛い?」
高森「うん……」
「じゃあ、これから上がってくるかもね……。
もう! どうせ、あの後別れてから、一人馬鹿なこと考えてたそがれてたんでしょう。星空とか見上げながら!」
高森「……」
「おおお、寒い。その光景に、こっちが風邪ひきそう」
高森「お前、人が弱ってる時に……」
「弱ってるからこそだもーん。何か食べられそう?」
高森「お粥さんして。たまご入ったやつ」
「いきなりシャキッとしたっ」
高森「何も食べてないんだもん……」
「はいはいっと。まったく、よくもまあ、こないだあんな事があったばっかりだっていうのに、私に助けを求められるよねえ」
高森「お前以外に、誰がいるんだよ」
「そうだね……」
高森「言わせんなよ、馬鹿……」
「この部屋に、女の子はよべないよねえ。
うわ、美少女ゲームとフィギュアがまた増えてる。あ、かがみんのミクコスver.だー♪」
高森「……ご飯……」
「いいよねー、ボカロ。ルカの次は、また男の子来ないかなー」
高森「ご飯……」
「爽やか、ショタ、セクシーと来たんだから、そろそろツンデレとか来てもいいと思うんだよね」
高森「ごは……」
「ツンデレ。ツンデレ眼鏡。ツンデレ眼鏡執事」
高森「ちゃん……っっ」
「出来たよ〜、お粥さん」
高森「ありがと……」
「はい、あーんv」
高森「……」
「ふっふっふ、屈辱に打ち震えながら、その口を開けるがよいわ!」
高森「……あーん……」
「……」
高森「……なんだよ」
「……ごめん。本当に辛いんだね。もう茶化さないから。
食べ終わったら、病院行く? 付き添うよ?」
高森「いい……食って寝たら治る……と思う」
「そう? じゃあとりあえず食べちゃおうか」
高森「うん……。あーん」
「……」
こりゃ重症だわ。
「味、分かる? 少し濃い目に作ったんだけど」
高森「うん。うまい」
「よかった」
高森「……来ないかなって、思ってたんだけど」
「じ、自分で呼んでおいて……」
高森「呼んでも、来ないかなって、思ってた」
来なかったら、そのまま……このまま、会わなくなっていってもいいかなって、そう思っていた。
あの時と同じように。
「私、トモに苛められるのは慣れてるのよ? 知らなかった?」
高森「………………そっか」
……。
「……そ、その笑顔は無防備すぎるんじゃないかな」
高森「……」
「照れたからって、口元を押さえない。食べられないでしょ」
高森「俺、今ぜったい熱ある……頭おかしい……」
「はいはい。これ食べたら薬飲もうねー」
高森「粉はいやだ……」
「分かった。無理やり飲ませてあげる」
高森「ごちそうさま」
「はい、どーも。ほら、食べ終わったんだったら横になって」
高森「うん……」
「布団もちゃんとかけて」
布団を掛け直し、の手が額に触れる。
その感触に、瞼が震えた。
「あー、やっぱり熱いね」
高森「……」
引き上げた左腕で、己の目を覆ったまま呼びかける。
高森「俺に、言いたい事、あるんじゃないの?」
「……」
高森「言えよ。今日、ここで全部言ってけよ」
「最初からそのつもりだってば。こういう弱ってる時じゃないと、トモ、素直に話聞かないでしょ」
わざとらしくため息をつきながら、彼女はベッドの傍に座りこんだ。
「今日は、『諦めなさい』って言いにきたの」
ベッドが僅かに軋み、腕の隙間から覗き見る。
頬杖をついた彼女が、いたずらっぽく笑っていた。
「どうせ、一人でぐちぐち考えて、くだらない結論出そうとしてるんでしょ。聞いてあげるから言ってみなさい」
高森「……俺の時はとっとと逃げ出した女が、他のヤロー共とはうまくいってる状況に腹が立つので、見ていたくありません」
「……後でオブラート買ってきてあげる」
高森「だからまあ、お前があいつらから離れる気がないなら、俺から離れようかな、と」
「ふーん。出来るの?」
高森「……」
「そんな簡単に離れられるんですかー?」
高森「……うっさいですよ」
からかうような口調に、そっぽを向く。
決して、不快ではなかったけれど。
「口には出さないけど、大、大、大好きなくせに。あの二人が」
高森「……」
「ちゃんと分かるんだから。トモ、私にそっくりだからね」
高森「お前が俺に似てるんだよ」
「……大切にしなよ。素でいられる相手って、貴重だよ。この先もう、見つからないかもだよ」
高森「だから、俺に『離れていく』事を諦めろって?」
「うん」
高森「勝手なこと言ってるって思わない?」
「都合のいいこと言ってるなあとは思う」
高森「お前が離れてってくれればいいのに」
「それは却下」
高森「最後まで頑張るって決めたから?」
「ううん」
返ってきたのは、驚くほど柔らかな声だった。
「私も、あの二人が大好きだから」
高森「……」
「だから、譲ってあげない。その代わり」
高森「……?」
「1回だけ、何でも言うこときいてあげる」
高森「……何でも?」
「何でも」
高森「本っっっ当に何でも?」
「うん、本当に何でも」
高森「……わかった」
「交渉成立?」
高森「一応な」
「よし。じゃあ、何にする? お願い事」
高森「…………考えとく」
「え!? 今決めてくれないの!?」
高森「こんな、ヘロヘロな時に決めてたまるか。
じっくりゆっくり考えといてやるから……覚悟しとけよ……絶対、ズタボロに泣かせて……や、る……」
「トモ? トモ? 大丈夫? いっぱい喋り過ぎた?」
高森「寝る……。鍵、いつもんトコ置いてあるから……」
「分かってるよ。出て閉めた後は、ポストから部屋の中に入れとくから」
高森「……」
「なに?」
高森「…………」
「……」
高森「…………」
「……うん」
俺達は似ている。本当に、どうしようもないくらい。
自分の都合のいいように、物事を運ぶのが得意なところも。
たまらなく臆病なところも。
世界で一番、自分が大切で、可愛くて。
自分に甘いから、だから、差し伸べられた手が自分にとって都合がよければ、縋ってしまう。
彼女のその手も、言葉も、罪悪感からくるものだと分かっているのに。
――その両手が、もう他の二人で埋まっている事も。
全部、分かっているのに。
目が覚めた時には、もうすっかり日が暮れてしまっていた。
真っ暗な部屋の中、ぼんやりと周りを見渡す。
机の上には、スポーツ飲料のペットボトルと、真新しい体温計。それから、薬の横にオブラートが添えられていた。
高森「……ここでメモとか置いてかないのが、らしいよなあ」
もぞもぞとベッドから起き上がり、ペットボトルに手を伸ばす。
渇いた喉に、スルリと流れ込む感覚が心地よくて、一気に半分ほど飲み干した。
まだ少しふらつく足で立ち上がり、窓を開ける。
外の空気は冷たかったけれど、火照った体には丁度良かった。
狭い窓から夜空を見上げてみる。
ここでは空も狭いから、星も数えるほどしか見えない。
高森「……」
1回だけ、何でも言うこときいてあげる
高森「…………」
何でも、何でも――。
俺のこと、もう1回好きになって
BACK TOP NEXT