第35話 温泉旅行 -後編-









楽しそうに笑う姿や、幸せそうに過ごす姿を見て



















高森「?」

「……トモ」

高森「何やってんの、お前。こんな、寒々しい中庭で」

「お互い様でしょ」

高森「俺は、星見えるかな〜って。部屋より、やっぱ外の方が見やすいかと思ってさ」

「私はお風呂入り直した帰り」

高森「湯冷めするぞ〜」

「うん……ちょっと眺めるだけのつもりだったんだけど、……圧倒されちゃって」

高森「ああ……」


つられて視線を上げると、都会では決して見る事のできない星空。
散らばった光の粒一つ一つが瞬く光景に、自然と息遣いさえ小さくなる。

隣を見やってみれば、彼女も同じように息をひそめていた。



高森「……」

「……」


言葉を交わす事もせず、ジッと空を仰ぐ。
――距離は埋まらない。



高森「さみ……」

「だね……。あ、これ飲む? さっきカイロ代わりに買ったの」

高森「サンキュー。――何でコーヒー? 飲めないだろ、お前」

「温かいお茶が売り切れだったから。コーヒーだったら、あとでトモかカズナ君が飲むかなって思って」

高森「トキヤじゃなくて?」


……。


「それ、無糖だもん。トキヤ君甘党だから、飲めないでしょ」

高森「何で、トキヤの飲める微糖じゃなくて、わざわざトキヤの飲めない無糖にしたの?」

「別に深い意味なんてないけど……」

高森「うそつけ」

「……何が言いたいの」

高森「トキヤを特別扱いしないようにだろ。というより、特別扱いしてる事がバレないように?」

「……はあ?」

高森「そんな風に意識してるから、小さな事でも避けちゃうんだろ、お前」

「わけ分かんない。機嫌でも悪いの?」


肩を竦め、が隣をすり抜ける。


「私、寒くなってきたらそろそろ戻る――」

高森「よくそこまで気ぃ回せるよな」


電車の席で、食事の席で、彼女は決してトキヤの隣に座らない。
ほんの些細な場面でも、彼女はトキヤよりも、他の人間を優先させようとした。




高森「――好きでもないくせに」



「……」

高森「感心する」

「……トモ」

高森「自分でも分かってるんだろ?」

「トモ……」

高森「何だったら、俺からも言ってやろうか? お前の、トキヤに対する気持ちは」

「……やめてよ……」


                ――きっと、もっと素直に「好き」になれたのに


高森「間違いなく恋なんかじゃないよ」


どろりと、濁った思考をそのまま吐き出してしまいたくなる。
目の前で、俯いている彼女に。
全てを吐き出して、覆い尽くしてそのまま――飲み込んでしまえたらいいのに。



高森「お前、大家の娘さんに妬いた事とかねーだろ」

「……やめ……」

高森「それはお前が――」

「やめてったら!!」

高森「やめねえよ!!!」

「――っ!」


腕を掴んだって、『距離』は変わらない。
きっとずっと、届かない。



高森「『トキヤが、自分のこと好きになってくれたら』とか、考えた事ないだろ」

「…………当たり前でしょ。だって、トキヤ君には――」

高森「『それ』が、一番の理由だろ」


納得いかねー。何でトキヤなんだよー

……俺は、何となく分かるけどな



高森「トキヤには、もう他に好きな奴がいたから。
    あいつの気持ちが自分に向く事なんてないって分かってたから、……だから安心して好意持てたんだろ」



搾り出すように、吐き捨てた。




高森「俺ん時と同じで」




サラサラと、冷えた風が紅潮した頬を撫でる。
こんなにも声を荒げたのは久し振りだった。



高森「……今はまだうまくいってるけど、その内、絶対に駄目になるよ。そうなる前に、離れた方がいいんじゃない?」

「……分かってるよ」

高森「トキヤやカズナみたいに、よくも悪くも真っ直ぐな人間が……お前みたいな奴、受け入れられるわけないじゃん。前にも言っただろ?」


お前みたいに、屈折した考え、誰も受け入れてなんてくれない


「……私も、言ったでしょ。その時に。これが最後だって。これが駄目なら諦めるって。なのに何で――」


何故今更、こんな風に追求したりするのか。
そうなじるような声音に、乾いた笑いが零れる。



高森「だって、あいつらばっか、ズルイじゃん」


シン、と水を打ったかのように静まり返った。


「――……」


が何かを言いかけて、やめる。
多分、零れ落ちそうになる涙を飲み込む為に。
顔を覗きこみ、首を傾げてみせた。



高森「そう思わない?」


が再び、腕から逃れようともがき出す。


高森「俺の時は、あっという間に逃げ出したじゃん、お前。今回も、そろそろ潮時なんじゃないですかー?」

「はな――」

高森「大体、『一緒にいたい』とか言ってるくせに、一番それを信じてないのはお前だろ」


涙はとうとう、まつげへと溜まり、粒になった。
今にも零れ落ちそうな様子を見て、「泣けばいいのに」とただぼんやりとそう思う。

彼女は信じない。
この先、自分があの二人と、ずっと一緒に過ごしていくという未来を。
いつかは、顔を合わす機会も減り、薄れ、離れていく。
それが、彼女の中での事実だから。



高森「けどさ、それって結局、あの二人を信じてないって事になるんじゃないの?」

「違う!!!」

高森「……」

「違う。……私が……私が信じてないのは、あの二人じゃなくて――」


嗚咽を堪える喉が、言葉を紡ぐ事が出来ず震えながら上下する。

――本当に、泣けばいいのに。



高森「…………可愛くないやつ」


引き寄せようと力を込めた腕が、突如振り払われる。
瞬間、の姿が視界から消え――代わりに、見慣れた友人の姿が映った。



高森「……カズナ」


あまりのタイミングの良さに、思わず笑い出しそうになった。
そう、まるで、ヒーローのような。

いいなあ、お前は。



佐伯「……ええーっと、だな」

高森「ん?」

佐伯「そこの渡り廊下からだな、お前らを見かけてだな、なんかこう……様子がアレだったんで、とっさに突っ込んじゃったんだけどな?」

高森「はいはい?」

佐伯「KYな登場しちゃった?」

「――え? いえ、あの、……その」

高森「ハハッ、いや、ナイスタイミングだったんじゃない?」

佐伯「……」

高森「わけ分かんないまま睨むなよ」

佐伯「じゃあ説明してみれば?」

高森「やだ。睨まれるだけじゃ済まないもん」

佐伯「てめ――」

高森「どうしても知りたいなら、の許可取ってからにしろよ。そうしたら、話してやるから」

佐伯「……」


そう言われ、口をつぐんでしまうカズナに苦笑する。
いつの間に、そこまで骨抜きにされたんだか。



佐伯「〜〜連れて帰ってもいいデスカ!!」

高森「どーぞ」


カズナが、乱暴にの腕を取り、鼻息荒く場を立ち去る。
その姿を見送りながら、いいな、ともう一度心の中で呟いた。




いいな、お前は。――お前らは。
俺はもう、どんなに頑張ったって、『そっち側』には行けないのに。
























佐伯「……」

「……」

佐伯「…………」

「…………」

佐伯「……あ〜も〜!」

「!?」

佐伯「! お前、風呂上りだろ!?」

「は、は、はい!」

佐伯「メッチャ手ぇ冷たくなってんじゃん! バッカじゃねえの!?」

「ご、ごめんなさい」


腕を引いたまま、ずんずんと歩みを進める。


佐伯「ホント、バッッッカじゃねえの!!」

「……」

佐伯「……」

「…………カズナ君〜〜」

佐伯「……なんだよ」

「私、…………お酒飲んだ〜」

佐伯「はあ?」

「気持ち悪い〜」

佐伯「……ああ、そうですか」

「き゛も゛ち゛わ゛る゛い゛〜〜」

佐伯「酔っ払ったくらいで泣くなよ、バカ。バカ女」

「カズナ君がいじめる〜〜」

佐伯「うっせぇ、バーーカ」


背後から聞こえてくる子供のような駄々は、次第にしゃくり上げるような声に変わっていった。


「カ゛ズナ゛君〜」

佐伯「何ですか、ちゃん」

「カズナ君と、ドキヤ君と、ず、……ずっと、い、いっじょに、いだい……っ!」

佐伯「……酔っ払いの言動って意味不明だよな。脈絡なさ過ぎて」

「ほんどに゛、……ほんど……っ!!」

佐伯「……分かってるっつーの」

「うぞじゃないです……っ!!」

佐伯「わーかったっての。んな心配しなくたって――」


傍に居たいなら、全力で騙し抜け

俺らみたいに『近い人間』からそういう意味で好かれんの、好きじゃないんだよな

いつか、離れる日が来るんじゃないだろうか



佐伯「そばにいてやるから……ずーーっと、一緒にいてやるから」


一度でも振り返ってしまったなら、そのまま歯止めがきかなくなりそうで。
部屋に着くまでの帰り道を、唇を噛みながら辿った。

ずっと一緒にいてやるから

――力いっぱいに抱き締めて、そう言ってやりたかった。




本当に、酔っ払っているのなら。




























































































































高森「……マジで寒い」


すっかりぬるくなってしまった缶コーヒーに口をつける。
喉元まで湧き上げてきた感情を、無理やりにでも飲み込んでしまいたかった。



高森「潮時なのは、俺の方だよなあ」


自嘲するようにそう呟いて、星空を仰ぐ。
さっき見上げた時よりも、ずっとずっと、くすんで見えた。





楽しそうに笑う姿や、幸せそうに過ごす姿を見て、ドロドロに傷つけてやりたいと思う相手を、……好きだなんて。
誰よりも何よりも、好きだなんて。

そんなの、この先一生、報われるわけないのに。





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