第28話 バースデー









「トキヤ君」

佐伯「トキヤ」

倉橋「……」

「トキヤ君、あの」

佐伯「お〜い、トキヤ〜?」

倉橋「……」

「……クリームシチューは、お箸よりスプーン使った方がすくいやすいですよ?」

佐伯「あと、お前、右利きだろ。何で左手使ってんだよ」

倉橋「……」

「駄目だこりゃ」

佐伯「普段からぼっけ〜とした奴だけど、さすがにこれはなあ」

「学園祭からですよね。安東さんと何かあったのかな……」

佐伯「安東さん?」

「大家の娘さん」

佐伯「ああ……」

「見たところ振られたとかそういう訳でもなさそうですし……幸せボケ?」


コメントし辛いです、さん。色んな意味で。


佐伯「あーもー、わっかんねー! ――トキヤァ!!」

倉橋「うぇえ!? な、な、な、なに!? 何事!?」

「それはこっちの台詞だなあ」

佐伯「返事くらいしろ! 俺を無視すんな! トキヤの分際で!」

「どこのジャイアンですか。ホラ、トキヤ君。シチュー冷めちゃうから、ちゃんとスプーン使って」

倉橋「え、あ、あれ!? 何で俺、お箸握ってんの!? それも左手で! 食べにく!」

佐伯「うがー! 何だこいつー!」

「はいはい、カズナ君も頭掻き毟ってないで。ちゃっちゃと食べちゃってくださいね。洗い物が片付かないでしょ」

倉橋「あれ? 今日の当番、俺だよ?」

「今の状態でお皿洗うつもりですか?」

佐伯「むしろ、何枚割るつもりだ?」

「あ、もう、あえて言わなかったことを……」

佐伯「うし、ごっそーさん! 俺も手伝うわ。拭く方やる、拭く方」

「ありがと。じゃあ食べ終わったの運んじゃうね〜」

倉橋「……」

佐伯「なんだよ?」

倉橋「え、いや! な、何が?」

佐伯「いや、『何が?』じゃなくて……」

倉橋「全然、何も!? あ、あー、シチューおいし〜」

佐伯「トキヤ」

倉橋「な、なに!?」

佐伯「だから、お前は右利きだっつーの」

倉橋「あ……」




佐伯「あー、食った食った。ほい、皿」

「ありがと。トキヤ君、大丈夫?」

佐伯「大丈夫じゃなーい。あれ? 皿拭く布巾どこいった?」

「確か洗濯したんじゃなかったっけ? 流しの下に、新しいの入ってません?」

佐伯「んー。、ちょっと左ズレて」

「はいはい」

佐伯「お、あった、あった」

「そういえば、結局学園祭の時の鎧って、どうなったんですか? 最後まで売れなかったでしょ?」

佐伯「あー、あれな。誰がてっさん家に持って帰るかでジャンケンになってさ。トモが負けたんだよ」

「え? でも、持って帰ってきてないでしょ? どこにも見当たらないし」

佐伯「そしたらあいつ、着ぐるみ返す時に、鎧も一緒に演劇サークルに渡してやんの。それも二束三文で」

「……持って帰るのが嫌だったんでしょうね。何てトモらしい……」

佐伯「まあ、知り合いんトコにある方が、てっさんもいつでも見に行ける訳だし、結果オーライなんだけどさ、何か釈然としねー!」

「トモ、無駄な方向に頭いいから」

佐伯「お前と一緒じゃねーか」

「うっさいですよ」

倉橋「ごちそうさまでした〜。おいしかった〜」

「はーい、お皿こっちねー」

倉橋「うん。カズナ、これ拭いたやつ? 片付けるね〜」

佐伯「はあ!?」

「うわ、トキヤ君ストップ! 一気に持ち過ぎ――」

倉橋「うっわあ!!」

「わーっ!」

佐伯「……っぶね〜…っ!」

倉橋「な、ナイスキャッチ、カズナ」

佐伯「アホか、お前! 何でが皿洗い代わったと思ってんだ! 大人しく座って見てろ!」

倉橋「ご、ごめんって! ごめんなさい!」

「お約束な人だなあ。――よしっと。洗い物終わりっ。じゃあ私がお皿片付けるね〜」

倉橋「ごめんね〜」

「いいですよ。その代わり、調子が戻ったら、料理から片付けまで全部やってもらうからね」

佐伯「それはそれで怖ぇんだけど」

倉橋「ひど!」

「アハハハハ。――あ、そうだ。カズナ君」

佐伯「あ?」

「お誕生日、おめでとうございました。こないだだったんですよね?」

佐伯「……おー、よく知ってたな。って、たつ君と一緒だったんだっけか。確か」

「うん。何か欲しいものあります?」

佐伯「マジ? くれんの? 何にしよっかな〜♪」

「空気読んだ物にしてくださいね。こちらのお財布事情とか。ちなみに、『何でもいい』なら、もれなく何もなしになります」

佐伯&倉橋「ひど!!」

「苦手なんですよ、そういうの考えたりするの。だから、ちゃんとリクエストしてください」

佐伯「ちょ、ちょ、待てよ? んな急に言われてもすぐにはだな……」

「チッチッチッチッチッチッチ」

佐伯「やめろ! 余計焦る!」

倉橋「ちゃん、たつ君には何か贈ったの?」

「うん。インテリア用のチェス盤。透明の」

佐伯「……マジ過ぎてひく!!」

「……自分でも思った!! でも雑貨屋で見かけて、もうそれ以外ピンと来なかったんだもん!!」

佐伯「ってかお前、それはたつ君にリクエストされたのか!? 違うだろ!?」

「当たり前でしょう! だからもう、メチャクチャ悩んだんですから!!」

佐伯「俺にもそれぐらいの誠意を見せろ!」

「図々しい!!」

佐伯「な……!?」

倉橋「カズナ、前にも言われただろ……。たつ君と同じ土俵に上がろうとするなよ……」

佐伯「もうやだ……。こいつ、マジで可愛くない……」

倉橋「そ、そういえば、ちゃんの誕生日は?」

「え? もう過ぎましたけど」

倉橋「……」

佐伯「……」


佐伯&倉橋「……はあ!?」


倉橋「す、す、す、過ぎた!?」

佐伯「過ぎたって、お前、いつ!?」

「ちょ、え、落ち着いて? カズナ君、とりあえず、その拭きかけのお皿を机に置いて――」

佐伯「何を落ち着いてるんだお前は!」

「スミマセン!?」

倉橋「え、ホントに過ぎちゃったの? ホントのホントに?」

「はあ……。ホントのホントですけど……」

佐伯「何で言わなかったんだよ!」

「き、訊かれてないし……」

佐伯「訊かれてなくても言えよ、そういう事は! 『私、今日誕生日なんだー。祝ってー』って、言えよちゃんと!」

「言いませんよ、そんなキャラじゃないこと!」

佐伯「キャラじゃねえとか、そういう問題じゃねえだろ! 大事なことは、ちゃんと言えっつってんの!」

「そんな騒ぐような事ですか!? そんな大きな声で、怒られなくちゃいけないこと!?」

倉橋「ふ、二人とも落ち着けって! ヒートアップし過ぎだから!」

「大した事じゃないでしょう!? 誕生日くらいで!!!」

佐伯「〜〜もういい!!」

「ああ、そうですか。さっさと残りのお皿拭いてくださいね」

佐伯「〜〜お前は、世界で一番可愛くない!!!」

「言われなくても知ってますよ!!!」

佐伯「――トキヤ!!」

倉橋「は、はい!?」

佐伯「残りの皿拭いとけ! 割るならの皿にしとけよ!」

「……」

倉橋「ど、どこ行くの?」

佐伯「この女のいないトコだよ!」




倉橋「…………行っちゃったね」

「……お皿、貸してください。拭きますから」

倉橋「いいよ、俺がやる。もう大丈夫だから」

「……」

倉橋「あ、やっぱりちょっと手伝って。はい、こっちの」

「……うん……」

倉橋「いつかお金貯めて、食器乾燥機買おうね。って、そんなの自分の家にもないんだけど」

「……」

倉橋「でも俺、家ではこんなにご飯とか作らないから、いらないんだよなー。前は外食ばっかだったし」

「……」

倉橋「ちゃんと会ってからかな、こんな風にちゃんと作ったやつ食べるようになったの」

「……」

倉橋「ちゃん、『家でご飯』派だし。節約家だもんねー。俺達にもちゃんと教えてくれるし」

「……トキヤ君」

倉橋「……分かんないんでしょ? カズナが、何で怒ったのか」

「……うん」

倉橋「実は俺も、ちょっとカズナとおんなじ気持ち」

「……何で? そんなに、……悪い事だった?」

倉橋「『悪い事』って訳じゃないんだけど……うーん……上手く言えないなあ……」

「分からないままじゃ、『ごめんなさい』出来ないんですけど」

倉橋「あ、さすがにちゃんは頭冷えるの早いなあ。もう謝る気にはなってるんだ」

「可愛くないのは、自覚してますから」

倉橋「……じゃあ素直に今の俺の気持ちを言いますと」

「うん」

倉橋「多分、カズナも一緒だと思うよ。――『お祝いしたかった』」

「……」

倉橋「『おめでとう』言いたかったよ、やっぱり」

「……ごめんなさい」

倉橋「大丈夫だよ。カズナ、頭に血がのぼりやすいから、あんな言い方になっちゃったけど、本気で怒ってないから。
    あれはどっちかって言うと、もっと早くに訊いておかなかった自分に怒ってるね」


「自分で肯定するのも気恥ずかしいけど、そうでしょうね。多分」

倉橋「あ、指摘しちゃ駄目だからね。またケンカになるから」

「はーい」


ようやく表情を緩めたにホッと息をつき、トキヤも笑みを浮かべた。


倉橋「……ちゃんさ」

「……?」

倉橋「俺達のこと好きでしょ」

「……」

倉橋「あ、ポカンとしてる。えっとね、前にも似たような事言ったような気がするんだけど……」

「へ? ――ああ、はい。そうですね、カズナ君が」


お前、俺達といる方が楽しいだろ?


倉橋「そうそう、それ。あの時、ちゃんは『うん』って言ってくれたでしょ?」

「そうでしたね、確か」

倉橋「けど、俺達はちゃんと言ってなかったなーと思って。で、最初に戻ります」

「ど、どうぞ」

倉橋「――『俺達のこと好きでしょ』」


あの頃より、素直に頷けなくなっている自分に苦笑しながらも、しっかりと首を縦に振った。


「うん」

倉橋「俺達も、ちゃんのこと好きだよ。多分、ちゃんが思ってるよりずっとね」

「は、はあ……」

倉橋「あ、この『ちゃんが思ってるより』っていうのは、ちゃんの俺達大好き度と、俺達のちゃん大好き度を比べてるんじゃなくて、
    『ちゃんの中で想像してる俺達のちゃん大好き度』のこ
俺は何を言っているの?」

「私に訊かれても!」

倉橋「そ、そうだよね。何か、色々考えながら喋ってたらこんがりあがってきちゃった。舌噛みそう……」

「もう噛んでますよ!? え、えっと、大体は分かりました。つまり、その、大好きなんですね! お互いに!」

倉橋「そう! ちゃんと分かってくれた? 俺達も大好きなんだからね! ちゃん、いまいちそこら辺分かってなさ気なんだよなあ」

「分かりましたよ! 大好きなんでしょ? 大好き、だいす、だ、ああもう何この頭の悪い会話!!」

倉橋「ちゃんしっかり!? 顔が赤いよ!?」

「赤くもなりますよ! 二十歳も過ぎたいい大人がウフフアハハと大好き大好きって! ああ恥ずかしい!! ああ恥ずかしい!!」

倉橋「怒ってるの!? 照れてるの!?」

「りょ・う・ほ・う!!」




倉橋「あ、そうだ。ちゃん、ケータイ貸して」

「え? あ、はい。――どうぞ」

倉橋「触ってもいい? スケジュールのトコ」

「いいですけど……何するんですか?」

倉橋「俺の誕生日。3月13日なんだ〜。登録していい?」

「……うん。何が欲しいですか?」

倉橋「え? アハハ、今から訊くの?」

「だって、やっぱり、どうせ贈るなら、本人の欲しがってる物の方がいいでしょ。その……喜んでもらいたいし」

倉橋「……それ、カズナにも言えばよかったのに」

「……今度から、努力してみます」

倉橋「そうしてやって。じゃ、欲しい物考えとくね。ちゃんも考えといて」

「え?」

倉橋「今年の分、一緒にお祝いしよ。来年の分は、ちゃんとその日に祝うから」

「うん」

倉橋「『何でもいい』はなしだからね」

「アハハ、はーい」




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