第27話 学園祭 -中編-









「ここがフリマ会場ですか? 結構賑わってるんですね」

佐伯「意外に掘り出し物とかあるしな」

「カズナ君達のお店は? ――っと、あったあった。鎧、やっぱり目立つなあ」

佐伯「うっわー、俺らの店の周りだけ、人がいねー」

「というか、誰もいないじゃないですか! 何て無用心な! 店番のトキヤ君とトモは!?」

佐伯「トモはどっか行ったみたいだなー」

「え? トモ『は』?」

佐伯「トキヤはちゃんといるぞ、そこに」

「どこに」

佐伯「そこに」

「…………どこに!」

佐伯「だから、そこに! あれ! あの店の真ん中にドカッと座ってる、あの着ぐるみ!!」

「……えええ!? あれ、トキヤ君なの!?」

佐伯「客寄せ用に、演劇サークルから借りたんだよ。ウサギの着ぐるみ」

「……あれ、完璧に店番になってませんよ。道行く人全員が、あのスペースは無人だと思ってますよ」

佐伯「微動だにしてねーもんな、あいつ」

「せめて頭だけでも取ってれば人間だって分かるのに……」

佐伯「あ、あれ、頭と胴体繋がってるタイプ」

「……ちなみに、チャックはもちろん――」

佐伯「後ろについてる」

「一人で脱げないじゃないですか、それ! いくら11月だからって、日中は暑いでしょうに!」

佐伯「ああ、それで動いてねーのか、あいつ」

「動いてないんじゃなくて、グッタリしてるんですよ、絶対! と、トキヤく〜ん!!」

倉橋「……」

「トキヤ君? トキヤ君!」

倉橋「…………ちゃん?」

「大丈夫!? 意識はある!? しっかり!?」

倉橋「ちゃん!!」

「は、はい!!」

倉橋「脱がしてぇ! これ脱がしてぇ! 脱がして脱がして脱がしてぇ!」

「わか、分かったから落ち着いて! もう大丈夫だから!」

倉橋「トモが! トモ、すぐ戻ってくるって言ったのに、全然戻ってこなくて! 俺、一所懸命背中に手伸ばしたんだけど、全然届かなくて! 暑くて! 暑いよぉ!」

「またトモか! ホントにあの男は!」

倉橋「ぷはぁ!!」

佐伯「うわ、顔真っ赤だぞ、お前」

倉橋「そういうお前は涼しい顔しやがって……!!」

「はいはい、怒んない怒んない、これ以上体温上げない。今、何か飲み物買ってきますから」

倉橋「い、いいよ、ちゃん。俺、自分で――」

「今、ここで倒れたら、カズナ君がお姫様抱っこして運んでくれます」

倉橋「イイ子デ待ッテマス」

「よろしい」

佐伯「一人で平気か?」

「うん。来る途中に、ジュース屋さん出てたから、そこで買ってきます。カズナ君もいる?」

佐伯「ブルーハワイよろしくv」

「アイアイサー」




佐伯「あ、そうそう。これ、土産」

倉橋「や、焼き鳥!? この流れで俺に熱々の焼き鳥を渡すか、普通!」

佐伯「俺からじゃねーよ。がトキヤにってさ」

倉橋「あ、なんだ――」

佐伯「熱々で美味しい内に食べさせてあげるんだーv ってさ。ってなわけで、今すぐ食え」

倉橋「おま、お前、それ本当に言ったのか!? ちゃんが言ってたのか!? 絶対今適当に言ってるだろ、嫌がらせの為に!」

佐伯「ハハッ、何をそんな、言いがかりだわ」

倉橋「うわ、馬鹿、やめろって! 熱い熱い熱い!」

佐伯「オラオラ、食えよー」

倉橋「食べる! 食べるよ、自分で! ああもう……あつい……」

佐伯「ウマいー?」

倉橋「ウマいよ! ちゃん『が』! 買ってきてくれたやつだからな!」

佐伯「……お前、ホントの事可愛がってるよなー」


って、あれ?


佐伯「これ俺、前にも言ったっけ?」

倉橋「え? そうだったっけ?」


お前、何気にの事可愛がってるよなー

え? だって可愛いじゃない

マジで!? どこがだよ!?


ああそうだった。あの時は、本気で「どこが!」って思ってたんだっだ。

焼き鳥を頬張るトキヤを横目に、ぼんやりと思う。
恐らく、あの時も、そして今も、本気で「可愛い」と思っているのだろう。
けれど、その「可愛い」は、後輩や妹に対して使われるような気軽さで。
長い付き合いの自分には分かる。
彼は、自分よりもずっと早くから、いや、最初から彼女の事を「女の子」として扱っていたけれど、恋愛対象として考えた事は一度もないのだ。

「女の子」と認識してはいるけれど、意識はしていない。

だからこそ、あんなにも自然に接する事が出来て、すんなりと好意を示す事が出来るのだろう。
本当に好きな相手には、逆立ちしたって出てこないような言葉が、サラリと言えてしまったりするのだろう。
そんな事をしているから、いつだって本命以外にモテてしまうのだ、このバカは。
そして付き合いが長いからこそ、隣で何度も見てきたんだ。
そんなバカに、不運にも惹かれてしまった人間が、その誰もが、叶える事なくその想いを終えていったのを。

そんな風に、もいつか――





「ただいま! お待たせ〜。はい、ジュース」

倉橋「ありがと〜。うあー、生き返るー」

佐伯「サンキュー。あ、トキヤ。そういやトモは?」

倉橋「ああ、何か女の人に連行されてった」

「れ、連行……」

倉橋「いやそれが、本当に『連行』って感じで。それまでも何回かケータイが鳴ってたんだけど、トモ、完璧に無視でさ。着信、多分その人からだったんじゃないかなー」

佐伯「修羅場だ……」

「修羅場だね……」

倉橋「やっぱりあれ、修羅場なのか……」

佐伯「何をやったんだか、あいつ」

「どうせまたロクでもない事ですよ……」

倉橋「アハハ、じゃあいつもの事だね」

佐伯「お前、密かに怒ってるだろ……」

倉橋「でも、このまま戻ってこないのは困るよね」

佐伯「だよな。俺ら、ずーっと店番してなきゃなんねー事になるもんな」

倉橋「せっかくちゃんも来てくれたのに、見て回れないんじゃつまんないもんね」

「『戻れ』って電話してみますか?」

倉橋「あ、ムリムリ。あいつ、ケータイ置いてったもん。っていうか、持つ間もない勢いで連れていかれた」

「ホントだ。置き去りにされてる」

佐伯「って事は、探しに行くしかねーって事かー」

倉橋「じゃ、次はカズナが店番ね。俺とちゃんで探してくるよ」

佐伯「はあ!?」

倉橋「順番でいったらそうだろ? うちの大学初めて来たちゃんが、一人で探せるわけないし」

佐伯「一人で待ってんの暇だろ! 置いてけよ!」

倉橋「俺だって暇だったよ! ってか死にそうだったよ! って、そんな話じゃなくて。ちゃんも一緒に行けば、探すついでに学祭も回れるだろ?」

佐伯「う……」

倉橋「じゃあいってきま〜す」

「いってきます。もしもトモの方が先に戻ってきたら、連絡くださいね」

佐伯「……早く帰ってこいよ」

「はーい」




倉橋「あー、すずしー」

「災難でしたね」

倉橋「アハハ、うん。あ、そうだ。焼き鳥とジュースありがとう。いくらだった?」

「え、あ、いいですよ、ごちそうします。というか、焼き鳥食べたんですか?」

倉橋「うん、おいしかったv」

「熱かったでしょうに……」

倉橋「じゃあお礼に今度は俺がごちそうするねー。何か食べたいものある? 別に食べ物じゃなくてもいいけど」

「え? えーっと」

女A「いらっしゃいませー! よかったら見てってくださーい!」

倉橋「あ、何か露天出てる、露天。ほらほら、ちゃん。アクセとかでもいいよ?」

「あ、アクセ!?」

倉橋「うん、ホラ、キラッキラできれ〜い」

「……っ」


その笑顔が眩しいです、トキヤさん。


「トキヤ君、私、あんまりそういうのつけないですし、あの」

倉橋「そう?」


何より、あなたからそんなものを貰ったらキャラじゃないほど浮かれてしまいそうな自分がいや!
そしてこんな幸せシチュエーションなのに、「乙女ゲーだったらここでスチルだな」とか思ってる自分もいや!



倉橋「まあ、ちゃんが本当に欲しい物の方が――って、あ!!」

「ど、どうしたんですか?」

倉橋「ちゃん、これ! これ! ほら!!」

「……?」

倉橋「トゲーがいる!!」

「!? ホントだ!!」

倉橋「ね!? このストラップのとかげ、トゲーそっくりだよね!? 色も白いし!!」

「うわ〜! トゲーだ〜! D3のグッズで本当に売られてそうなくらい、どっからどう見てもトゲーだ〜!」

倉橋「欲しい?」

「欲しい!」

倉橋「よし! じゃあこれに決定ね!」

「ありがとー!」

倉橋「どういたしましてー! アハハハハ、本当にトゲーだー!」

「トゲーだー!」

倉橋&「アハハハハハ!!」


女性「……倉橋さん?」


倉橋「……? ――っ! あ、あああ、安東さん!?」

安東「よかった! こんなに広いんじゃ、探すのは無理かなって思ってたんだけど……」

倉橋「ど、どうしてここに……」

安東「え? あの、母から学園祭のチケット渡されたんだけど……あれって倉橋さんがくれたんじゃなかったの?」

倉橋「え、あ、いや、あの、渡したんですけど……大家さん、『この日はあの子仕事だわ〜』って……」

安東「歯科衛生士のお昼休みって長いんですよ? フフッ」

倉橋「あ、あ〜、そうなんですか〜。アハハハハ〜」

安東「前もって電話しとけばよかったね。さっき門の所では一回掛けてみたんだけど……」

倉橋「あ、スミマセン! 僕、多分その頃着ぐるみに入ってて、電話取れなくって」

安東「着ぐるみ? 倉橋さん、着ぐるみ着てたの?」

倉橋「は、はい。ウサギの……」

安東「ウサギの!? 似合いそう! 見たかったな〜」

倉橋「あ、もう! 何だったらもう一回着ます! 何回でも着ます!」

安東「アハハハハ!」

倉橋「って、ハッ! ご、ごめん、ちゃん!」

「へ? あ、いえいえ。大丈夫ですよ」

倉橋「えっと、安東さん。こちら、僕の友達のさん。ちゃん、こちら、大家さんの娘さんで、安東……カスミさん」

安東「初めまして。安東です。こんにちは」

です。初めまして」


……こういう時、本当に、嘘をつくのが上手くてよかったなと思う。
動揺を包み隠す事なんて、息をするより簡単で、
笑顔を作る事なんて、瞬きするより自然に出来る。

誰かさんに、しょっちゅう「可愛くない」って言われる理由、分かるなあ。



「トキヤ君、私、一旦カズナ君の所に戻ってますね」

倉橋「え?」

「折角来てくれたんですから、トモを探すより、お姉さん――安東さんを優先させてくださいv」

安東「あ、ごめんなさい。誰か探してる途中だったの?」

倉橋「あ、いえ――」

「戻って、カズナ君とどうするか相談しますから」

倉橋「うん、あの……ありがとう。一人で大丈夫?」

「どういたしまして。イベント発生、おめでとうございます」


小声でそう告げると、照れくさそうにトキヤが笑う。
その笑顔に背を向け、は今来た道を戻っていった。


倉橋「……えっと」

安東「……はい?」

倉橋「今日は、その……ありがとうございます。すごく嬉しいです。来てもらえて」

安東「私も、誘ってもらえて嬉しかった。でも……」

倉橋「え、『でも』?」

安東「今度は、母を通さないで直接誘ってくれたら、もっと嬉しい……です」

倉橋「…………はい」


はにかみながら頷くトキヤにつられ、カスミも穏やかにその目を細めた。














「…………び、びっくりした」


角を曲がったところで、ようやく息をついた。
無事にあの場から離れられた事に、心の底から安堵する。
彼の性格からして、下手すれば「じゃあ一緒に回ろうか」とでも言いかねないからだ。
どんな罰ゲームだ、まったく。



(それにしても……トキヤ君、面食いだなあ……)


先ほどの「安東さん」を思い出し、無意識の内にため息が零れた。
自身と比べる気などさらさらなかったが、あまりの次元の違いに乾いた笑いが込み上げてくる。



(…………もし)


もしも、だ。
自分が、「オタク」ではない「普通」だったなら、今とは随分と違っていたんだろうか。
ゲームやアニメではなく、オシャレに夢中になって、週末はイベント三昧ではなくデートや合コン……

そこまで考えて首を振る。



(……駄目だ。ちっとも楽しそうじゃない)


こんなくだらない事を考えたのは、一度や二度ではない。
これまで、何度も何度も、似たような状況に陥る度、「もしも」と考えてきた。
だが、やはり行きつく答えはいつも同じだったのだ。



(私、ホント……根っからのオタクなんだなあ)


でも、「もしも」。
そんな風に「普通」の子だったら――

チクリとした感触に顔をしかめ、は自身の手を広げた。
知らず知らずの内に握り締めていた手の平から、先ほどのストラップがのぞく。
尖った金属を握り締めていたのだ。
小さな手の平は、数箇所赤くなってしまっていた。



「……いたい」


ポツリと呟いて、もう一度握り直した。
もしも、普通の子としてトキヤに出会っていたら――




きっと、もっと素直に「好き」になれたのに。





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