第3話 バイト









倉橋「わー、いい天気ー……」

佐伯「トキヤ……、カーテン開けるな……。殺す気か……」

倉橋「だって、この淀んだ空気をなんとかしたい……。窓、開けても……」

佐伯「いいわけねえだろ。殺す気か。殺すぞ」

倉橋「徹夜明けの朝日って、凶器だよね。ああ……太陽が黄色い……」

佐伯「ダメだ、俺、ちょっと吐いてくる……」

倉橋「じゃあ俺はそろそろ意識を手放してみる」

佐伯「お前、しっかりしてるフリして、実は俺よりダメダメだろう」

坂田「しっかりしろー! ホラ、お前ら、これやるから回復しろ!」

佐伯「ぶぇえええええ!! マッズ!! 何すかこれ、マッズ!!!」

倉橋「おえぇ〜……」

坂田「ポーションだ」

佐伯「さくっとウソ吐かないでくださいよ!! 思いっきり、『甦れ本能』とか書いてあるじゃないですか!!」

倉橋「てっさん先輩、これ、精力剤なんじゃ……」

佐伯「精力剤!? 俺はまだそんなモンに頼らなくてもギンギンです! 失敬な!」

坂田「おお、元気になったな。しかし、情けないぞ、お前ら。完徹くらいで」

倉橋「夜通し飲みっ放しでそのテンションなてっさん先輩がおかしいんですよ」

佐伯「そうっすよ! しかもたったの一晩で『RPG一本クリアしてみろ』なんて無理に決まってるじゃないですか! 昨今ゲームのボリュームなめんなよ!」

坂田「パッションが足らん、パッションが。天空の鎮魂歌あたりなら、数時間でクリア出来るぞ。は」

佐伯「あのゲームバカと一緒にしないでください! あいつ、大阪行きの電車の中でもキャラ二人落とすような女なんですよ!?」

倉橋「帰りの電車でも一人クリアしてたよね。しかも、ちゃんと俺達の雑談に加わりながら。どんな集中力してるんだろ」

佐伯「知ったことか。ってか、そういや、あいつ来なかったんだな、ゲーム大会なのに」

倉橋「そういえばそうだね」

坂田「ああ、あいつ、今日はバイトだからな。昼番の。遅番だったらともかく、バイト前日には俺のトコ来ないぞ。二人とも、夜通し寝ないでやり続けるからな」

倉橋「やめてください。物凄く卑猥に聞こえます」

佐伯「バイトなんてやってたんっすねー、あいつ」

坂田「というより、学生でもないからバイトしかしてないな」

倉橋「あ、フリーターだったんですか。知らなかったなー。というより、ゲームと鈴木達央が好きだって事以外は何も知らないね、俺達」

佐伯「それ以外、特に何もねーんじゃねえの?」

倉橋「それ、さんの前では言うなよ。フォローなんてしないからね、俺」

佐伯「何のバイトしてるんすか?」

坂田「そうだな。地図を描いてやる」

佐伯「は? いや、別にわざわざ見に行く気は――」

坂田「いやー、ちょうど取り寄せをしてた商品が届いてるはずなんだ。取ってきてくれ。に言ってくれれば分かるから」

倉橋「何でてっさん先輩が行かないんですか?」

坂田「俺は今からゲームの続きをする」

佐伯「ちょ、てっさん! プルセラショップの広告の裏に地図なんて描かないでくださいよ!」

倉橋「うわぁ、ホントだ! そんな地図持ってウロウロするのは嫌過ぎる! こっち! こっちに描いてください!! てっさんってば!!!」




佐伯「……で、到着した訳だが」

倉橋「何ていうか……想像通りって感じだね」

佐伯「だな。本当に、大好きなんだな、ゲーム」

倉橋「まあ、あれだけ情熱を注いでたらいい仕事も出来るんじゃない? ゲームショップの店員なんて、さんにはピッタリだよ」

佐伯「そうだな。もしかしたら、それ以外は出来ないかもしれないしな」

倉橋「じゃ、入ろっか。よかったね、それほどオタクオタクしてない店で。俺達でも入りやすい」

佐伯「うっしゃ。とっとと用事済ませて帰ろーぜ。そして寝よう。すぐに寝よう」


カランカラーン……――


店員「いらっしゃいませー」

倉橋「さんは……いないみたいだね」

佐伯「っていうか、あのレジの人だかりは何だ。混んでてレジ待ち……ってわけでもなさそうだな」

倉橋「どうしよう? 店員さんに訊いてみる?」

佐伯「商品名とか聞いてねえから、いねーと分かんねえもんな。……あのー、スイマセン、ここにって――」

店員「あー、すいません。お嬢なら、今、店の用事で外出てもらってるんすよー。もうちょっとで帰ってくると思うんで、それまで待ってもらっていいっすか?」

倉橋「あ、いや、俺達は……」

客A「さーん、早く帰ってきてくれないと泣いちゃうってさー」

客B「それはお前だろ! あんまり騒ぐなよ、迷惑になるだろ!」

佐伯「ひょっとしてこいつら、の事を待ってるのか?」

倉橋「見た感じ……そうみたいだね」

店員「ほらー、静かにしてないとまたお嬢に怒られますよ」

「そうですよー。安心してお使いにも行けませんでちゅねー」

客達「さん!」

「はいはい、お待たせ。ただいまー。あ、店長。これ、買ってきたやつです。領収書も一緒に袋の中に入ってますんで。
    しっかしホント、みんな私の事大好きだねー」


客A「いやいや、自分で言わないでよ」

客B「本当だよ。どんだけ自信家なんだよ」

「でも、誰も否定しないでしょv ホラ、どいてどいて! 在庫整理行くんだから、お姉さんは」

お客「手伝ってあげよっか?」

「いらん。そんな事より商品を買え」

お客「もっと可愛く言ったら買ってあげる!」

「お願い買ってv」

お客「今度はネコミミ少女みたいに!」

「はいはい、ネコミミがあればね」

お客「はい、これ」

「あるの!? みゃー。そろそろ仕事させてほしいみゃ」

お客「さん、メチャクチャ似合う! 写真撮らせて写真!」

「そこに並んでる新作ゲーム一本購入につき一枚ね。もー、店長の予想が外れて、在庫溢れさしちゃったのよー」

店員「うわ、バラさないでくださいよ」

客達「アハハハハハ!」




佐伯「…………トキヤ」

倉橋「…………なに? カズナ」

佐伯「ほっぺたつねってみた方がいい?」

倉橋「やめろよ。お前、絶対俺のをつねるだろ」

佐伯「何あれ! 誰あれ! キャラが違う! 人が違う! 握手会の時の豹変振りとは比べモンにならねえぞ!?」

倉橋「常に笑顔で、ノリがよくて、愛想がいいさん……。今朝の朝日より怖いね」

佐伯「俺達、やっぱり夢見てるんだって! あまりの睡魔に根負けしちゃって、きっと今頃道端でひっくり返ってんだって! そうに決まってる!」

倉橋「落ち着いて、カズナ。あんまり大きい声出しちゃ駄目だって」

佐伯「誰か俺を起こして! 今すぐ起こして! 悪夢よ、去れー!」

倉橋「だから、駄目だってば! そんなに大きい声出してると――」

「あれ?」

倉橋「恐怖仕様のさんに見つかっちゃうから……」

佐伯「キャー! 去れー!」

「……いらっしゃいませ! 何かお探しですか?」

倉橋「ふ、普段のさんかな」

「それでしたらこちらになります。――ゴメンね、みんな。店長のトコで待っててくれる? っていうか、買わないなら帰りなさいv」




「はい、このコーナーなら、あまり人は来ませんから」

倉橋「あ、戻った」

「何しにきたんですか? 私、お二人にはここの事、話してませんでしたよね?」

佐伯「てっさんに頼まれて、取り寄せ頼んでた物取りにきたんだよ。場所はてっさんに聞いた」

「ああ、あれですか。で、何で佐伯さんは倉橋さんの背中に隠れてるんですか?」

佐伯「さっきの光景がショッキング過ぎたからですよ! どちら様ですか! フーアーユー!」

「しっかりしてください。日本語崩壊してますよ。真壁翼ですか」

倉橋「カズナ、大丈夫だよ。これ、完璧いつものさんだから」

佐伯「そ、そうみたいだな。しっかしお前、てっさんが『あいつは猫かぶりだ』って言ってたけど、限度ってモンがあるだろ」

「職場で猫かぶるのなんて当たり前でしょう。お金貰ってんですから。むしろ、かぶれない方が社会人として問題有りだと思うんですけど」

倉橋「そりゃある程度はね。あまりにも人が変わりすぎてて驚いちゃったんだよ。アハハ、本気で夢かと思った」

「私、昔から素の性格が一般社会ウケ悪かったもので、ついつい取り繕っちゃうんです。いらん喧嘩売られるのも、売った覚えのない喧嘩買われるのも面倒ですから」

佐伯「でもお前、あれはもう取り繕ってるってレベルじゃねえだろ。騙くらかしてんじゃねえか。あの客の中に、お前の事好きな奴とか、絶対いるだろ」

「いるでしょうね。でもそれで店の商品買ってくれるなら、いいんじゃないですか?」

佐伯「うわ……お前に誠意ってモンはないのか」

「見抜けない方にも問題は有るんじゃないですか? その程度の好きって事じゃないですか」

佐伯「お前が見抜かせないんだろ。猫かぶって、思わせぶりな態度とって、それで好きになってくれた相手に『結局うわべしか見てないのね』ってどんな悲劇のヒロインだ」

「いや別にそんな風に悲観にはなってませんけど……。ただ、素の自分でいるといらん面倒が多いんで。お世辞にも、自分の性格がいいとは思えないですし」

佐伯「悪いとこばっかでもないだろ。地で勝負しろ、地で。詐欺師かお前は。アカサギか」

「黒崎になら喰われたいって違う違う。
    人間関係は狭く浅くが一番楽ですから。何とも思ってない相手に、わざわざ素の部分を見せて、理解してもらって、あまつさえ好きになってもらおうとするなんて面倒な事この上ないです」


佐伯「お前は本当に可愛くないよなあ」

「貴方は本当にむかつく人ですよねえ」

倉橋「俺、そろそろ止めに入った方がいい?」

「大丈夫ですよ。職場でこれ以上火花散らすほど、うっかりさんじゃないですから」

倉橋「うん、知ってるよ。さんは、ちょっと度が過ぎるほど常識人で空気の読める人だから。
    だから、その場その場に適したキャラを理解して作っちゃうんだよね。器用だなー」


「……誉められてる気がしません」

倉橋「うん、まあ誉めてないからね。アハハハハ」

「はあ……。それじゃ、私、奥からてっちゃんのゲーム取ってきますから。レジの所で待っててください」

佐伯「……

「なんですか?」

佐伯「関わってく相手全員に、分かってもらう努力しろなんて言わねえけどさ、分かってほしい相手には、必要なんじゃないのか? そういう努力って」

「……」

佐伯「俺、何か間違ってる?」

「……そんな事ないですよ」




「お待たせしました! こちら、お取り寄せ依頼をいただいておりました商品になります。前金を頂いた際にお渡しさせていただいた控えはお持ちでしょうか?」

倉橋「あ、はい、これかな? 預かってきたやつなんだけど」

「はい、確かに。それでは、商品の確認をお願いできますか?」

佐伯「いや、俺達取りに来ただけで、てっさんが何を頼んでたのかなんて知らねーんだけ、……ど」

「こちらの、『鬼畜眼鏡』で間違いは御座いませんでしょうか?」

佐伯&倉橋「うわあああああ!!」

「お客様、店内での絶叫はご遠慮願います」

佐伯「おま、何だそれ!?」

「申し訳御座いません。当方は乙女ゲームプレイ専門でして、詳しいご説明は致しかねます。
    ゲームショップ店員の知識としてでしか申し上げられずお恥ずかしい限りですが、いわゆるボォイズラブvといったゲームで御座います」


佐伯「俺はそんな事を訊いたんじゃねえ!!」

「ええ、理解しております」

倉橋「てっさん、何でそんなゲーム取り寄せてまで買ってんの!? もう俺、本当にあの人が分からない!」

「お二人とも、落ち着いてください。先ほどから、店内の注目を集めておいでです。ただでさえ、男二人で18禁BLゲームをご購入といった地雷原を突っ走っておいでなのですから。
    店内の腐女子、もとい女性陣は密かに大喜びで御座います」


佐伯「うお!? ホントだ! いつの間に!」

「彼女達の嗅覚をお舐めになってはいけません」

倉橋「見ないでー! 俺達を見ないでー! 何かメモとか取らないでー!」

佐伯「とっとと出るぞトキヤ! オラ、! 早くそれ寄越せ! てっさんに叩きつけて文句言ってやる!!」

「お包みになりますかあ?」

佐伯「なりやがるに決まってんだろっ!!」




倉橋「ひ、ひどい目に遭った……」

佐伯「すっげえ屈辱……! 俺、このゲーム持ってんのやだ……! メッチャクチャいやだ……!」

倉橋「絶対交通事故とか遭わないようにしようね……! 今死んだりしたら、それも顔面グッチャグチャで身元とか分かんなかったりしたら、持ってる荷物とか調べられちゃうんだよ、きっと!」

佐伯「そんでもってそんでもって、『あの子の遺品だから……』っつって親とかに仏壇に飾られたりするんだぜ! 最悪だ! 最悪過ぎて死ねる!」

「もう死んでるんですから、その表現は間違ってるんじゃないですか?」

佐伯「それぐらい最悪って事だよ! って、!? どっから沸いた!?」

「私、もうあがりなんですよ。てっちゃん家に行くんでしょう? 一緒に行きましょう」

倉橋「ああ、うん。お疲れ様」

「ホラ、佐伯さん、そのゲーム持ってあげますから」

佐伯「え、あ、……さ、サンキュ」

「どういたしまして」




倉橋「やめて! てっさん! そのゲームを大音量でプレイするのはやめて!!」

佐伯「あ、てめ! 自分だけしっかりヘッドフォンしやがって! 俺にも寄越しやがれ!」

「丸めたティッシュでも詰めてやがれですよ」

倉橋「いいなあ、PSP。俺も買おうかなあ」

佐伯「自分だけ安全圏に逃げ込みやがってー!」

「DVD鑑賞の邪魔をしないでください。今ちょうどいい所なんですから。……あ、ユフィが死んだ」

佐伯「あー! ネタバレすんじゃねえ! 俺、まだ観てねえのに!」

「一緒に観ますか? 佐伯さんは無音声ですけど。というか、ヘッドフォンしてても聞こえるような大声で喋らないでくださいよ。ご近所迷惑です」

佐伯「なー、イヤホンに付け代えて、それを半分こして観ねえ?」

「佐伯さんと、そんなバカップル状態は嫌です。ノスタルジアですか。電車降りる頃には揃う鼻歌ですか」

佐伯「失礼な奴だなお前は! ってか、俺にも分かる言葉で喋ってください!!」

「後でちゃんと貸してあげますよ。倉橋さんと半分こして観たらいいでしょう?」

倉橋「さんのバカップル発言を聞いた後だと、素直にありがとうって言えないんだけど!」

「わざとだよ?」

佐伯「幸子かお前は! 可愛くなんかねえぞ!」

「ウハハハハ」




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