第2話 イベント参加









佐伯「…………は?」

「…………ぅん?」

佐伯「……」

「……」

佐伯「……え、何やってんの?」

「何って……てっちゃんを待ってるんですけど」

佐伯「テツガク先輩を? 俺、てっさんに呼び出されてここに来たんだけど、おま――なんだっけ?」

「何がですか」

佐伯「名前」

「『』です」

佐伯「も? 呼び出された?」

「いいえ? 今日はその、私の用事に付き合ってもらう予定だったんで、私がてっちゃんを呼び出したんですけど……」

佐伯「じゃあ、何で俺はここにいんの」

「知りませんよ」

店員「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」

「あ、すみません。……とりあえず、座った方が……そこ、多分邪魔です」

佐伯「スイマセン! あ、じゃあ俺コーヒーで」

「あ、私はココアください。ホットで」

店員「かしこまりました」

「ありがとうございます」

佐伯「……」

「……なんですか? 何か、顔についてます?」

佐伯「お前、何かてっさん家で会った時と感じ違わね? 何か、妙に社交的っつうか……」

「……そ――」


♪〜♪〜♪〜


「あ、てっちゃん」

佐伯「マジで? 後でかわ――」


ブチッ


佐伯「何で切んの!?」

「何だか、展開が読めてきて。どうせまた掛かってきますよ。ちくしょう」

佐伯「何でお前まで切れてんの!?」


♪〜♪〜♪〜


「……もしもし」

坂田「こら、! いきなり切るとは何事だ! どうしてそうお前は俺の扱いがぞんざいなんだ!!」

「声が大きい。私の三半規管が異常をきたしたらどう責任を取るつもりだ。っていうか、何でてっちゃんは来ないの。どうして佐伯さんが来たの。
    私の想像通りの答えを言ってみろ。着信拒否にしてやるからな……!」


坂田「いやー、ホラお前、結構カズナとトキヤの二人にはいい感じで素でいれただろ? これはお友達としての第二ステップを踏んで――」

「さようなら、てっちゃん。長いようで短い――ような長いようなどっちでもいいや。
    てっちゃんの家に置きっぱのパレドゥレーヌとビタミンとパニパレは、後で私の家に送っといてね」


坂田「ちょっと待てー! 待ってください、さん!」

「大体、どうして私とこの人がいいお友達になれるかも、なんて思うの。この間の一部始終っていうか、パレドゥレーヌ全クリの三日間をてっちゃんだって見てたでしょう?」

坂田「そりゃ、お前ら俺の家でやってたんだからな」

「その三日間の内、たったの一瞬でも、私と佐伯さんとの間に和やかな雰囲気は流れた? 流れてないでしょう? 合わないの、私とこの人。絶望的に」

佐伯「え、俺、ここは傷つくところか?」

「貴方が私の事を好きなら傷ついてもいいとこですよ」

佐伯「じゃあ平気」

「分かった? てっちゃん」

坂田「分かった分かった。分かったから、ちょっと待ってろ。もうすぐ、中和剤が到着する予定だから。」

「……中和剤?」




「…………ああ、中和剤」

佐伯「中和剤……になるかあ? ただオロオロしてるだけになりそうだな」

倉橋「え、急に呼び出されて、何この出迎え」

佐伯「お前もやっぱりてっさんに呼び出されたのか?」

倉橋「うん。じゃあカズナも? いきなり電話掛かってきてさ、『愛しの攻略本の用事に付き合ってやってくれー!』って」

佐伯「あ、そうだ。それだよ。、お前の用事って一体なんなわけ?」

「あ、あー…、いいんです、もう。大丈夫になりましたから」

倉橋「え?」

「一人でも、別に平気かなーって。折角の休日に、付き合わせる訳にもいかないし……」

佐伯「いや、もう充分片足つっこんでんだし。なんだよ、荷物持ちとかか?」

「いえ、あの、ホントに結構ですから……」

倉橋「何か探し物とか? 俺、今日は一日何の予定もなくて暇だし、付き合えるよ?」

「大丈夫ですから!!」




「……ぁ、すみま――」

佐伯「……うーわ、かっわいくねー」

「!」

倉橋「カズナ! ゴメンね、さん。ちょっとしつこかったよね、俺達」

佐伯「厚意にはそれなりの態度で返したらどうですかー? そんなんだから、二次元の男しか相手出来ないんだろ」

倉橋「カズナ!! 言い過ぎ――」

「………………だから、人が厚意には厚意で返してやろうとしてやってんのに……!!」

倉橋「ちょ、さん?」

「分かりました! ええ、ええ、分かりましたよ! そこまで言うなら付き合ってもらおうじゃありませんか!」

佐伯「な、何だお前! 急にキャラが変わったぞ!?」

倉橋「おち、落ち着いて、さん!」

「っていうか別に! 私は三次元だって大好きだっ!!」






倉橋「……さん、ここは一体……? この、物凄い数の女の子達は一体なに?」

「さ、ちゃっちゃか並びますよ。ホラ、佐伯さんもキリキリ歩いてください。そのでかい図体でボケーッと突っ立ってたら邪魔くさいでしょう」

佐伯「おわ! 押すな、バカ!」

「イベント会場では人様の邪魔にならないように行動するのは常識ですよ。イベントに参加してる人達相手はもちろん、一般の方々にも。
    今回のイベントは、普通の本屋さんでありますからね。衝立も仕切りも何もない、これぞまさに羞恥プレイ」


佐伯「並ぶって、あの列にか!? 女ばっかだぞ!? ってか、何の列だ!? 先にそれを説明しろ!」

「鈴木達央、写真集発売記念握手&サイン会」

倉橋「誰?」

「佐伯さんが、この間一所懸命落としてたメガネの中の人」

佐伯「あいつか!! あのBGMの音量をいじらないと声が聞こえないくらい淡々と喋ってたあの野郎か!!」

「はい、これ整理券なんで、佐伯さん持ってください」

佐伯「名指しできた!!」

「当然でしょう。あ・な・た・が、望んでここにいるんですよね?」

佐伯「そ、そういう言い方は語弊があるんじゃないかなぁー」

「……フフッ、だから、いいですって言ったのに。恥ずかしいでしょう? 流石に。大丈夫ですよ、本気で付き合わせようなんて思ってないですから」

佐伯「え?」

「あーあ、こんな所連れて来るの、私だって恥ずかしいですよ。すみませんねー、オタクで。アハハ!」

佐伯「いや、別に付き合うけど」

「へ!?」

倉橋「うん。ここまで来たんだし。カズナが嫌なら、俺が並んでもいいけど?」

「えええ!?」

佐伯「いや、俺多分平気。てっさんに付き合わされて、もっと濃い感じのに行った事あるし」

「ぜ、全然平気じゃないですよ! 分かってますか? 二人とも、今、浮きまくってますよ!? 思いっきり場違いですよ!?」

佐伯「汗くさい男ばっかの列に並んでるより、女の子に囲まれてる方がまだマシだろ。まあ、場違いはその通りだけど」

倉橋「さん、俺達に気を遣って『大丈夫』って言ってくれてたんだねー。ゴメンね、察してあげられなくて」

佐伯「言わなきゃ分かんねーだろ。エスパーじゃあるまいし」

「いや、こういうイベントに行くって事自体、あんまり知られたくなかったんですよ。わざわざ、引かれたくないですし」

佐伯「ああ、なるほど。そりゃそうか。悪かったな」

「えらく素直ですね」

佐伯「だって、俺がエロビデオ借りに行こうとしてる所に、お前がしつこく付いて来ようとしてるようなもんだろ? そりゃキレるよなあ。アハハハハ!」

「何て例えですか!! もうちょっとソフトなもんを引き合いに出してくださいよ!!」

佐伯「ま、こうしてめでたくバレちまった事だし、諦めろ。大体、お前がオタクだって事は、あの三日間で俺は充分理解した」

「オタクと一般人は、相容れないから、ついつい普通に振舞おうとしちゃうんですよ。癖みたいなもんなんです。
    この間は、てっちゃんがいたから、あんな態度だったんですけど……」


倉橋「ああ、空気読んじゃうんだ。分かる分かる。でも、ホラ、さっきカズナも言った通り、もうすっぱりバレちゃってる訳だし、変に遠慮なんてしなくていいよ?」

佐伯「そーそー」

「…………あ、ありがとうございます……」

倉橋「いえいえ」

「じゃあ、佐伯さん。これ、私のイヤホンなんですけどお貸ししますんで、携帯に付けてください」

佐伯「はあ!?」

「握手までする相手の事を何も知らないんじゃ失礼でしょう。並んでる間、鈴木達央がどんな人物なのか説明しますから、イヤホンつけて聞いててください」

佐伯「何でイヤホン!?」

「並んでる間、ずっと携帯を使用してたら迷惑でしょう。佐伯さんは聞いてるだけでいいですから。相槌とかもいりませんよ。勝手に喋りますんで」

倉橋「えっと、それだとさんは並んでる間、ずっと携帯使って喋ってるって事にならないの?」

佐伯「そうだ! メーワクだぞ!」

「佐伯さんと私とじゃ、並ぶ時間帯が違うから大丈夫なんです。私が持ってる整理券、20番台と100番台なんで」

倉橋「あ、ホントだ。張り紙してある。1番から100番までは12時スタートで、100番から200番までは13時スタートだって」

「佐伯さん、早いのと遅いの、どっちがいいですか?」

佐伯「はあ……。じゃ、早い方な」

「はい、どうぞ」

佐伯「まだまだお前の番までは時間あるんだから、今の内にそのテンション落ち着けとけよ」

「……お気遣いどうも。多分無理です」

倉橋「無理なんだ……」




「――あ、そろそろ順番が回ってきそうですね。じゃ、携帯切って、イヤホン外しちゃってください。
    たつ君の事、大体分かりました?」


佐伯「お前がたつ君の事を大好きなんだって事はよく分かった」

「あ、言い忘れてましたけど、今から佐伯さんの名前は『』ですから」

佐伯「は!?」

「大きな声は出しちゃ駄目ですってば。サインに名前も入れてもらえるんですよ。佐伯さんの名前入れてもらったって仕方ないでしょう?」

佐伯「無理があるだろ、なあ、それ、すっごく無理があるだろう……!? 絶対たつ君、変に思うだろう……!?」

「言い張ってください」




鈴木「どもっ! おー、男性だ。こんにちは!」

佐伯「こ、こんちは」

鈴木「お名前、何ていうんですか〜?」

佐伯「え、あ、う、……です」

鈴木「え?」

佐伯「ですっ!!」

鈴木「……あー、はいはい。さんね!――もしかして、彼女か誰かに頼まれたりしました?」

佐伯「知り合いに……。スイマセン」

鈴木「全然かまわないっすよー。ってか、ありがとうございます! わざわざ並んでくれたんっしょ? こんな男興味ないだろうにー、ハハハ!」

佐伯「あ、いや、でもホント、メチャクチャ好きみたいで。色々話聞いてる内に、興味沸いてきました。4月からの、図書館戦争見てみます」

鈴木「おー、ありがとうございます! これはちゃんに感謝っすねー」

佐伯「ちなみに俺、パレドゥレーヌのヴィンフリートは攻略済みです」

鈴木「アハハハハハハッ!!!」




「おかえりなさい。ありがとうございます」

佐伯「おー。どういたしまして」

倉橋「オツカレー。何か、相手大笑いしてたじゃん」

「羨ましいです、笑いがとれて。何の話をしたんですか?」

佐伯「ひみつ。オラ、お前もそろそろ並んでこい」

「はい。あ、写真集もらいます」

佐伯「いーよ。もう既にお前が持ってたらおかしいだろ。これから貰いにいくのに。持っててやるから、いってこい」

「でも、それだと私が終わるまで待っててもらう事に……」

倉橋「いいから行っておいで。俺達は、ここでさんがたつ君にデレデレになってる姿を、ニヤニヤしながら見守ってるから」

「うわ! 最悪だ!!」

佐伯「そうそう。後で超バカにしてやる。ってかお前、付き合ってやったんだから、メシぐらい奢れ」

「あ、そうですね。分かりました。じゃあ、何が食べたいか考えといてくださいね」

佐伯「何でもいいから高いモンだ」

こんちくしょう。二人で相談して決めてくださいね。倉橋さん、軌道修正よろしくです」

倉橋「任せといて。というより、そんな高い所じゃ、俺が一緒に食べに行けないからね」

「何言ってるんですか。ちゃんと倉橋さんにもごちそうしますよ」

倉橋「え? でも、俺は特に何もしてないよ?」

「じゃ、待ってる間、その写真集持っててください。いってきまーす」




倉橋「思ったんだけどさ、さんって、てっさん先輩に似てるよね」

佐伯「ああ、あの、人に有無を言わせない所な」

倉橋「てっさん先輩は常識のない自由人で、さんは常識のある自由人」

佐伯「そういうとの方がマシに聞こえるけど、てっさんは何も考えてないだけで、色々ちゃんと考えてフリーダムなの方が、タチ悪いけどな」

倉橋「あ、さんの番だ。おー、何か渡してる。手紙かな?」

佐伯「ってかあいつ! むちゃくちゃ可愛い顔してるじゃねえか! 詐欺だろ、あれ!」

倉橋「いや、そりゃ好きな男の前なんだから、とっておきの笑顔出すでしょ」

佐伯「たつ君騙されてる、騙されてるよ……」

倉橋「女の子って怖いなあ……」




「すみません、お待たせしました」

倉橋「おかえり。ちゃんと喋れた?」

「惨敗です。やっぱり緊張しますね。去り際に足が震えてひっくり返りそうになりました。いっその事、すっ転べばよかったですね。インパクト大ですよ」

佐伯「分かった分かった、いいから落ち着け」

「まあ、だからといってもう一度チャレンジしたとしても、今と同じように無難に終わるんでしょうけど。チキンな自分が嫌になります」

倉橋「さん、落ち着いて。ほら、ジュース飲む? 俺の飲みかけで悪いけど」

「言いたい事の半分も言えないような気はしてたんで、手紙を書いてきて正解でした。喋る事なくて困ってたら、向こうから話題を振ってくれたんですよ。何て優しい」

佐伯「そりゃ多分、たつ君も困ってたんだ。ってかお前、さっきから俺達の話聞いてねーだろ」

倉橋「というより、俺達の事見えてる?」

「格好良かった……! やっぱり生声は最高だ……!」

佐伯「トキヤ、その写真集持ってやるから、そいつ引きずってこい。メシ行くぞ、メシ」

倉橋「はーい、行くよー、さーん。たつ君にバイバイしてー」

「もう、大っっっ好き、たつ君……!!」




「すみません。色々とご迷惑をお掛け致しました」

佐伯「落ち着いていただけて安心致しました」

倉橋「ホントにね。ご飯、ごちそうさま。お財布大丈夫?」

「はい。今日は本当にありがとうございました」

佐伯「もういーって。ウマいメシも食えたし♪ お前、いい店知ってんなー」

「喜んでもらえてよかったです。じゃ、明日もよろしくお願いしますね」

佐伯&倉橋「…………はい?」

「ちなみに、明日は大阪です」

佐伯「アホかお前は! 一体何冊買うつもりだ!!」

「正確には『買ったんだ』ですね。整理券は前金払って貰ったんで。6冊です

倉橋「6冊!? 6冊って事は、今日で2冊、明日で2冊でしょ? まだあと一日参加するつもりなの!?」

「あ、いえいえ。その2冊は予約特典の生写真が欲しくて。運がよければ、サイン入りかもしれないんですよ」

佐伯「サインなら今日してもらっただろうが!」

「だって欲しかったんだもん」

佐伯「お前はたつ君マニアか!!」

倉橋「カズナ、それ多分、さんには誉め言葉」

「『変に遠慮なんかしなくていい』んでしょ?」

佐伯&倉橋「…………っ!!」

「ありがとうございます、二人とも。何が食べたいか考えといてくださいね。折角だから大阪名物を食べましょう。それじゃあ、また明日」




倉橋「カズナの言った通りだね……」

佐伯「何がだよ……」

倉橋「色々と、ちゃんと考えてフリーダム」


佐伯&倉橋「……た、タチが悪い……っ!!」




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