第26話 ハロウィン









佐伯「腹減ったー」

倉橋「もうちょっと我慢しろって」

佐伯「ムーリー」

倉橋「じゃあ先に食べてれば。俺はちゃん待つけど」

佐伯「いや、待つけどさ。減ったモンは減ったんだよ!」

倉橋「何ギレだよそれは!」

佐伯「あいつ、今日は六時あがりじゃなかったっけ? もうそろそろ八時だぞ、八時」

倉橋「うーん、ちょっと遅いよね。電話してみ――」


♪〜♪〜♪


倉橋「あ、向こうから掛かってきた」

佐伯「?」

倉橋「うん。――もしもし?」

「あ、トキヤ君? ごめんなさい、遅くなっちゃって。あの、ご飯って……」

倉橋「お疲れさま〜。うん、まだ食べてないよ」

「やっぱり! 本当にごめんなさい。遅くなっちゃったんで、慌てて店出たんですけど、電話する前に電車に乗っちゃって」

倉橋「いいよ〜。大丈夫? どうしたらいい? まだ時間掛かりそう?」

「あ、もうあと10分くらいで着きます。でも、よかったら先に食べててくださいね」

倉橋「ううん、待ってる。ご飯の準備しながら。帰ってきたらすぐに食べられるようにしとくから、気を付けて帰っといで」

「……ありがとうございます。急いで帰りますから」

倉橋「――あと10分くらいで着くってさ。お味噌汁温めて、カズナ」

佐伯「んー。あ、ネギ入れなきゃ、ネギ」

倉橋「ええと、箸、箸ーっと」




「ただいま! ごめんなさい、遅くなっちゃって!」

佐伯「オツカレさん」

倉橋「おかえり〜」

「お腹空いた〜! いい匂〜いv」

倉橋「ちゃん、お茶、温かいのと冷たいのどっちがいい?」

「あ、冷たいので」

佐伯「もう、すぐに食えるから。手洗ってこい」

「はーい!」

倉橋「お茶ここ置くよー」

「ありがとー」

佐伯「うし、揃った! そんじゃあ」

三人「いっただっきま〜す!」

佐伯「、ミソ汁食え、ミソ汁。俺が作ったから」

「そうなんですか? あ、大根のだ」

倉橋「カズナ、ちゃんとネギ直前に入れたんだよ。こないだちゃんに言われたから」

「アハハ。あんまり早くから入れちゃうと、ネギの色変わっちゃいますからね〜」

佐伯「ウマイ?」

「うんv」

佐伯「♪」

倉橋「魚はちょっと焦がしちゃったんだよ〜。ゴメンね」

「美味しいですよ? こっちこそ、手伝えなくてごめんなさい」

倉橋「いいよ、そんなの。全然謝る事じゃないから」

佐伯「俺はお前のが食いたいけど。そっちのがウマイし」

「さ、サラッと恥ずかしい事を言いましたね……」

倉橋「あ! レンジからおでん出すの忘れてた!」

「おでんも作ったの?」

佐伯「いや? コンビニで買った」

倉橋「はい、どーぞ、おでん」

「久し振りに食べるな〜」

佐伯「やっぱ寒くなり始めたらおでんだよな〜」

倉橋「だよね〜」

三人「……」

佐伯「何で全員タマゴに手ぇ伸ばすんだよ」

「だって玉子好きだし」

倉橋「俺も」

佐伯「一個しかねーんだけど」

「見れば分かります」

三人「……」

「〜〜何で玉子が一個なんですか! 人気の具なのに!」

佐伯「アホ! 人気だからだ! 一個しか残ってなかったんだよ!」

倉橋「け、喧嘩するなよ、おでんの具ぐらいで……」

佐伯「言ったな!? おでんの具『ぐらいで』って言ったな!? おーし、トキヤはタマゴいらねってさー!」

倉橋「何でそうなるの!?」

「じゃあここは恨みっこなしのジャンケンで!」

佐伯「望むところだ!」

倉橋「ちょっと待ってよ! ジャンケンなの!? 仲良く分け合いっことかじゃ駄目なの!?」

佐伯「甘いぞ、トキヤ!」

「勝負の世界は、イチかゼロかです!」

佐伯「よく言った!」

「じゃあいきますよ〜! 玄田でどぅーん! イン・ジャン――」

倉橋「玄田って誰ー!?」




倉橋「……ふ、二人とも、いつまで睨んでんだよ」

佐伯「タマゴ……」

「玉子……」

倉橋「だって勝っちゃったんだもん! しょうがないだろ!」

佐伯「一口ぐらいくれても……」

「ホントですよ……」

倉橋「俺悪者!? だから最初に分け合いっこしようって言ったのに! そっちが聞かなかったんだろ、もう!
    ほらほら、手ぇ合わせて! 『ごちそうさまでした』!」


佐伯&「ごちそーさまでしたー!」

倉橋「ふう、お腹いっぱい。――でも今日は本当に遅かったね〜。忙しかったの?」

「あ、今日は店がイベントデーで。ハロウィンでしたから」

佐伯「ハロウィン」

倉橋「ハロウィン」

「ど、どうしたんですか。何そのキョトンとした顔。知ってるでしょ? ハロウィン」

倉橋「ああ、うん。知ってるは知ってるけど、イベントとして参加した事とかないから……」

佐伯「日本じゃまだまだ馴染みねーもんなあ。何すんの? ハロウィンって」

「コスプレ――じゃなかった、仮装して、お菓子を貰います」

倉橋「……ごめん、よく分かんない」

「私も、元々がどんなイベントなのかはよく知らないんですよね。ただ、『仮装』部分がオタクにはウケて……」

倉橋「ああ、なるほど……。ちゃんは仮装する方だったの? それとも、お菓子あげる方だったの?」

佐伯「そりゃ仮装側だろ」

「正解」

倉橋「じゃあお菓子いっぱい貰ったんだね〜」

「そりゃあもう。さすがにもう持って帰る気にはならなくて、ほとんど休憩室に置いてきちゃいましたけど」

佐伯「えー。食いたかったー」

「あ、少しだけならポケットに……あったあった」

倉橋「何か決まり文句があるんだっけ?」

「『トリック オア トリート』ですよ。イタズラかお菓子か……まあ、『お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ!』って意味みたいです」

佐伯「……へー?」

「仮装してなきゃあげませんよ?」

佐伯「言うと思った。んじゃ――」


鞄から眼鏡を取り出し、小さく笑う。


佐伯「『トリック オア トリート』?」

「!!!」

倉橋「あ、固まった」

「……な、何で眼鏡!?」

佐伯「俺、本読む時はメガネだもん」

「似合うし!」

佐伯「そりゃどうも」

「ふ、不本意だけど萌えるー! その姿で迫ってこないでー!」

佐伯「お前がとっとと菓子をよこさねーからだろ!」

「あ、ああ、そっか……」

倉橋「ホントに好きだねえ、眼鏡」

「はい、どうぞ。飴玉ですけど――」


バリボリゴリッ!!


倉橋&「!!?」

倉橋「か、カズナ!?」

「噛み砕いた!? 噛み砕いたの!? 今!」


ごっくん!


佐伯「『トリック オア トリート』v」

「えええええ!?」

佐伯「『トリック オア トリート』!」

「は、はい!」


バリボリゴリッ!! ごっくん!


佐伯「『トリック オア トリート』v」

「何なのこの人ー!」

倉橋「カズナ怖いー!」

「何て丈夫な歯なんだー!」


バリボリゴリッ!! ごっくん!

バリボリゴリッ!! ごっくん!


佐伯「『トリック オア トリート』v」

「もうないですよ、さすがに!!」

佐伯「ないの?」

「すっからかんです!」

佐伯「へー? ないの?」

「な、何ですか? だから、その姿で迫ってこないでってば! ちょ、中指で眼鏡を押し上げないで!」

佐伯「ないんだったら……イタズラだな!」

「はあ!?」

佐伯「お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ☆なイベントなんだろ?」

「あげたじゃないですか!」

佐伯「フハハハハ! もうない!」

「爽やかに黒すぎますよ、その笑顔は!」

佐伯「イッタズラ♪ イッタズラ♪」

「やだやだやだ! 絶対痛い事するこの人!」

佐伯「ん? じゃあ気持ちいい事の方がいーい?」

「何故にシャツのボタンを外しますか!? 鎖骨エロイし! 仕舞って仕舞って!」

佐伯「ハッハッハ、ハロウィン楽しいなあv」

倉橋「まったく……お前はどんだけドSなんだ。うりゃー!」

佐伯「!? スルメェ!?」

倉橋「はいはーい、もう大丈夫だよー、ちゃん。あれなら、そんな早く食べられないからねー」

「こ、怖かった……」

佐伯「ノリだよ、ノリv」



「あ、カズナ君。スルメ臭いんで近寄らないでください」



佐伯「すっげえ侮蔑の目で見られた……! 出会った頃より冷たい目で見られた……!」

倉橋「自業自得だろ……」




倉橋「ちゃーん、もうお皿残ってないー?」

「はーい、これで最後です。ありがとう、洗い物まで」

倉橋「どういたしまして。次はちゃんのご飯食べさせてね」

「うんv」

倉橋「しっかし、カズナの鼻歌でか過ぎじゃない? どんだけノリノリなんだ、あいつ」

「お風呂場だから、エコーかかってますしね。それにしても上手いなあ」

倉橋「好み?」

「歌声は」

倉橋「ハハッ、喜ぶよ、あいつ」

「え?」

倉橋「歌うの、大好きだから。そこ誉められると一番喜ぶ」

「ふーん……」

倉橋「あ!」

「わあ! え、なに!?」

倉橋「そういえば、俺だけハロウィンやってない!」

「ああ、そういえば……」


何か俺、さっきから仲間外れだ
ねえ、俺、また仲間外れなんだけど!!

しまった! この人そういうの気にする人だった!


「ちょ、待っててください! ちょっと待ってね!?」


何かないか!? 何かないか!? 何かなかったっけか!?


倉橋「ちゃん、ちゃん」

「な、なんですか? ちょっと待ってください、今何か――」

倉橋「ポケットポケット」

「は?」

倉橋「俺のポケット、ちょっと探ってみて。エプロンの方」


そう言われ、赤いギンガムチェックのエプロンへと手を伸ばす。
「失礼しま〜す」
と口の中で呟きながら、言われた通りにポケットを探ると、コロリと手の中に何かが転がった。


「……チョコ?」

倉橋「じゃ、改めて……『トリック オア トリート』v」

「……」


満面の笑顔を向けるトキヤを見て苦笑する。




ああ……「トリックで」
って答えたい……。




「――はい、どうぞ」

倉橋「あ、ちょっと待って。今手が濡れてるから……」

「あ、そっか。じゃあ、……はい」


包み紙を剥がし、チョコをトキヤの口元へと持っていく途中で、はたと気付く。
またまたしまった。こりゃ恥ずかしい。
だがしかし、ここで手を止めてしまっては妙に思われるかもしれない。
「自然に、自然に」
と心の中で唱えながら、再び苦笑する。

前は、こんなこと考えなくたってよかったのに。


倉橋「いただきま〜す」


何の躊躇いもなく、チョコを口に含むトキヤを見て、ホッとする。

まだ大丈夫。
まだ、大丈夫。
「いつか」は来るけれど、必ず来るけれど、大丈夫。今は、まだ。


「何か、メニューでリクエストありますか?」

倉橋「今度のご飯の?」

「うん。明日……は来ないんでしたっけ?」

倉橋「そうそう。用事あって。ちゃんもでしょ?」

「じゃあ、明後日ですね。グラタンでも作りましょうか? 前に食べたいって言ってたでしょ?」

倉橋「食べたい! もう、ぜひ、お願いします」

「それじゃ、明後日のメニューはグラタンにけってーい」

倉橋「買い出し行くんでしょ? 付き合おうか?」

「ホントに――……。ううん、大丈夫。ちょっと、他に寄りたい所もあるし」

倉橋「そっか。じゃあ、楽しみにしてるね」

「うん」


のほほんと笑うトキヤにつられ、自身も口元を緩める。




風呂場から、鼻歌も、シャワーの水音さえも聞こえなくなっていた事に、気付かないままに。















































「いつか」は来るけれど 必ず来るけれど




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