第25話 ウォーキング









佐伯「ー」

「何ですかー?」

佐伯「……太った?」

「……」

佐伯「……」

「〜〜トキヤく〜ん! カズナ君が〜!」

倉橋「おわ!? な、なに? どうし、危な! お皿! お皿持ってる時にぶら下がらないで!」

「太ったって言われた! あの人、真正面から私に太ったって言った!」

倉橋「ええ? カズナ、そんな事言ったの?」

佐伯「いや、だって……こう、顔がちょっと丸くなったような……」

倉橋「お前は〜。女の子にそういう事言うなって言ってるだろ。包み隠しとけってば」

「何のフォローにもなってない!!」

倉橋「え、あ、ごめん! そんな、ちゃんが本当に太ったって言ってるんじゃなくて……」

佐伯「いーや、絶対太ったって。二の腕とか、ちょっと見せてみ?」

「絶対いや! 見ないで触らないであっち行ってー!!」

倉橋「いいじゃん、別に。ちょっとぐらいプニプニしてる方が。秋は食べ物の美味しい季節なんだし、しょうがないって」

佐伯「夕飯のパスタ、もうちょっと量減らしてやりゃよかったな〜。俺らが作ると、ついつい男が食べる用に作っちまうし」

「二人ともやめて! そんな、真綿で首を絞めるような言い方はやめて!!」

佐伯「ま、家でゲームばーっかやってるツケが回ってきたんだよ。この引きこもりv」

「こんの男は……! 何なのその心底嬉しそうな顔……!」

佐伯「だって、ちゃんが心底嫌そうな顔するんですものv」

「〜〜歩きに行ってきます!!」

倉橋「ええ!?」

佐伯「はあ!? 今からか!?」

「今から! 今、すぐに! さっき食べまくったパスタを消化してきます!!」

佐伯「ちょ、待てって! 今何時だと――」

「こうしてる間にも、さっき美味しくいただいたパスタが、スープが、着々と私の脂肪に……!」

倉橋「こ、コラコラコラ! ストップ! ストーップ、ちゃん! ホントにこの子はもう……!」

「だって……」

倉橋「『だって』じゃなーい。そうやって、一人で『いってきます』言う前に、俺達に何か言う事は?」

「……」

倉橋「あるでしょ? ちゃん」

「……歩きに行きたいんで、……一緒に行ってください」

倉橋「はい、よく出来ました。ってな訳で、俺も一緒に行ってくるけど、カズナ、お前どうする?」

佐伯「……」

倉橋「カズナ?」

佐伯「……待ってても暇だし、俺も行く」


行くに決まってんだろ、ちくしょう!




佐伯「うわ、さすがに10月はさみーな」

倉橋「ねー」

佐伯「、お前、もっとキビキビ歩けよ。ウォーキングなんだから、普段の調子で歩いててもしょうがねーだろ」

「あ、歩いてますよ!」

佐伯「え、そーなの? 俺と歩くペース変わんねーじゃん。ああ、足が短いからか。ハッハッハ」

「きぃい!」

倉橋「どこら辺まで歩こっかー? ってか、俺達どこに向かってるの?」

佐伯「知らねー」

「公園辺りまで行ってみます?」

佐伯「こんな時間に公園……いやまあ、いいけど」

倉橋「じゃ、目的地は公園ー」

「はーい。あーあ、万歩計とか買おっかなー」

倉橋「昔、ゲームが付いてるのとかなかった?」

「あったあった! 私、ハローキティの持ってました」

倉橋「俺、ピカチュウの」

佐伯「そういや俺も持ってたなー、ピカチュウ」

「でもあれって……」

佐伯「ついつい手で振ったりして、歩数稼いじゃうんだよな」

「そうそう! プレゼントやミニゲームの為にv」

倉橋「そ、そうなの!? 俺、真面目にあっち行ったりこっち行ったりしてたよ……。そっか、手で振っちゃえばよかったのか……」

「と、トキヤ君らしいなあ。要領が悪いというか、馬鹿正直というか……」

佐伯「バカなんだろ」

倉橋「う、うるさいな! ズルしない良い子だったんだよ!」

佐伯「単に思いつかなかっただけだろ〜」

倉橋「そりゃ……そうなんだけど」

佐伯「やっぱバカじゃねーか」

倉橋「バカバカ言うなよ!」

「二人とも……時間も遅いんですから、そんなに大きな声で話しちゃ駄目です」

倉橋「ご、ごめん」

佐伯「ー、歩くのおそーい。俺ら全然運動になんねーんだけどー」

「じゃあ引っ張ってください」


はい、と右手を差し出されて硬直する。


佐伯「あ、甘えてんじゃねー!」

「いっだだだだだっ!」

倉橋「わー! カズナ!」

「か、カズナ君! それは『引っ張る』じゃなくて引きずってます! 腕がもげる!」

佐伯「もげちまえ! こんなぶっとい腕! その分軽くなるわ!」

「何だとぉ!?」

倉橋「ふ、二人とも静かに! 静かにってば! カズナも離せって! 女の子に何してんだ!」

「こける! このペースはこける! うっわわわわわ!」

倉橋「ちゃーん!?」




「……っ、も、ホントにっ……、何なの一体……っ!」

倉橋「う、ウォーキングのはずが……、何で、……全力疾走……っ」

佐伯「……つかれた」

「どの口が言うかあ!」

倉橋「ホントだよ! 誰の所為だと思ってんだ!」

佐伯「へーへー、悪ぅございました! んで? 公園まで来たけど、こっからどうするんだ?」

「えーっと……」

三人「……」

倉橋「……見事に、カップルばっかだね」

「ぴ、ピンク色のオーラが……」

佐伯「俺ら、超場違いじゃね?」

倉橋「間違いないね」

「じゃあここが折り返し地点って事で……戻りましょうか」

佐伯「だな。耳でも塞いどかねーと、精神衛生上よろしくない声が聞こえてきそーだし」

「そ、そうですね。……寒くないのかな」

佐伯「ハッハッハ、『すぐ……熱くなるよ』」

「それ、割と本当に言う人多いですよね。というか、無駄にいい声を出さないでください」

倉橋「いやー、でもマジで長居はしない方が……。油断してると、その辺の物陰から――」

女性「やめてください!」

倉橋「そうそう、そんな感じの声が……ん?」

「え?」

佐伯「って、今の声……」





女性「あの、急いでるんで、ホントに、あの……」

男@「ちょっとだけ! ちょーっと話するだけだから!」

男A「そうそう、10分くらいでいいよ? こんな時間に一人で何してるのー?」

女性「ば、バイトに行く途中なんです。だから、あの、」

男A「何のバイトしてんの? 送ってってあげよっか?」

女性「け、結構です!」

佐伯「やっぱり井上さん……! ――ちょ、何やってんすか!」

井上「……! 佐伯さん!!」

男@「は? なに? 男〜?」

男A「どちら様ですか〜?」

佐伯「え? あ、あー、えっと、……兄です」

男A「さっき、思いっきり『佐伯さん』って呼ばれてなかったか?」

佐伯「おおーっと」

「さ、佐伯は私です! 佐伯!」

倉橋「ちゃん! 名前まで名乗らなくていいからっ!」

佐伯「えーっとですね、あの、ですね」


ぎくしゃくと、自身の体を男とヒトミの間に割り込ませ、顔を引きつらせながら告げる。
あまり、こういう場に遭遇した事はない。
怖い、というよりも緊張で喉がひくついた。



佐伯「この子、そういうのについていく子じゃないんで……他あたってください」

井上「……」

男@「あーあー、そうですかー」

男A「あんまりこんな時間一人で歩いてるよ危ないよー? 俺らみたいなのいっぱいいるからv」


ケラケラと笑いながら遠ざかって行く二人組み。
その姿が、すっかり見えなくなってから、4人は大きく息を吐いた。



佐伯「……井上さん」

井上「は、はい。ごめんなさい」

佐伯「何で、こんな時間に、こんなトコ通ってんの! あのナンパ男が言ってた通りだろ! ああいうのいっぱいいんだから!!」

井上「ご、ごめんなさい! すみません! ちょ、ちょっと近道しようと思って、その」

佐伯「アホか!!!」

井上「すみません! アホでした!」

佐伯「何が『でした』だ! 現在進行形でアホだ!」

井上「すみません! アホです! すみません!」

「か、カズナ君、もうその辺で……おち、落ち着いて……」

倉橋「お前、助けた直後に泣かせるなよ……」

「あの、大丈夫ですか? よかったら、これ使ってください」

井上「す、すみません……」


ハンカチを目に押し当て、ハッと顔を上げる。


井上「ち、違います!」

「何がでしょうか!?」

井上「あの、別に今、佐伯さんが怖くてとか、そういう理由で泣いてるんじゃなくて、その……ホッとして、それで涙が……」

佐伯「……ごめん、ちょっと大きな声出し過ぎた」

井上「い、いえ! こちらこそ! あの、ホントに……ありがとうございました」

倉橋「ああ、いや、俺達は特に何も……してないね。全然」

「そうですね。何かをする暇もなかったですしね」

倉橋「俺はああいう時、真っ先に足が竦んじゃうしな……」

「じ、地味に落ち込まないでくださいよ……。私だって、ああいう人達は怖いですから、何にも出来ませんでしたし……」

佐伯「な、何でお前らが暗くなってんの?」

井上「佐伯さん、あの」

佐伯「ん?」

井上「本当に、ありがとうございました」

佐伯「……どういたしまして」

井上「では!」

佐伯「ぅおい。そこの現在進行形ドアホ!」

井上「は、はい! アホです!? え、何ですか?」

佐伯「どこ行くの?」

井上「バイトですけど……」

佐伯「一人で?」

井上「あ……ご、ごめんなさい」

佐伯「は〜。、ちょっと寄り道してってもいい?」

「構いませんよ。どこまで行くんですか?」

倉橋「ああ、ちゃんは知らないんだっけ? あの人、カズナと同じコンビニでバイトしてるんだよ」

「あ、そうなんですか」

井上「初めまして、井上ヒトミです」

です。初めまして」

佐伯「うーっし、んじゃ行こっかー。近道するぐらいだったんだから、時間やばかったんじゃないの? 井上さん」

井上「完ぺきに遅刻です……!!」

「今一瞬、あの人の顔に縦線が見えたような……」

倉橋「リアクションの大きい人だねえ」

佐伯「わりぃ、。もう一回走るぞ」

「了解」































































その後、家に帰ってから……


顔を両手で覆い、心の中で「平常心」
と繰り返す。

〜〜ダメだ、ムリムリ!


佐伯(佐伯、佐伯、佐伯、佐伯!)


やっべえ! 超いい響き!!

ポーカーフェイスを身に付けるのは、まだまだ先の話になりそうだ。




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