第20話 鍋 -前編-









高森「ふざっっっけんなよ、お前ら」

佐伯「ありがとー、トモ君v」

倉橋「ありがとー、トモ君v」

高森「心底気色が悪い。土鍋くらい買えよ、ったく。結構重いんだぞ、これ」

倉橋「ごめんな〜。買おうかな、とも思ったんだけど、俺ら金なくてさ」

高森「しかも、何でまた夏に鍋なんか……」

佐伯「それはまあ、色々あってだな」

高森「は?」

倉橋「今日はバイト。鍋が始まる前には帰るってさ」

佐伯「どっちにしろ、コンロが来るまで始まんねーしな」

倉橋「コンロじゃなくてマルだろ、もう」

高森「マル、何時頃だって?」

佐伯「あいつもバイトなんだってさ。多分、と一緒ぐらいになんじゃね?」

高森「てっさんは――」

坂田「たっだいま〜、坊や達! 親父にはまだぶたれてませんかー!?」

倉橋「今帰ってきた」

佐伯「うわ! てっさん先輩酒くさ! もう飲んでんすか!?」

坂田「ふっふーん、ちゃんとYou達の分も買ってきたわよ〜。さ、飲・めv」

倉橋「いや、でもちゃん達待った方が……」

坂田「はどうせ飲まないだろ〜。飲〜めv」

高森「駄目だ。既に絡み酒の領域に達してる」

倉橋「俺、二人が帰ってくるまで、意識保ってられるかなあ……」

佐伯「うわぁあ! 飲みます! 飲みますから口移しだけはやめ、や〜め〜て〜く〜だ〜さ〜い〜!!」




一ノ瀬(…………重い)


左手にぶら下げたコンロ。
網棚に載せようにも、少々バランスが悪く不安定だ。
本当は箱に入れて持ってこられたらよかったのだが、そんなものはとっくの昔に失くしてしまっていた。


一ノ瀬(このおっさんが足閉じて座ったら、俺も座れんのに……!)


目の前でぐーすかと眠る男に、憎々しげな視線を向ける。


一ノ瀬(あ・し・を・と・じ・ろ! 閉じろ〜! 閉じろよ〜! でなきゃ降りろ〜! て言うかど〜い〜て〜!)


いくら念じてみても、男はまるで起きる気配を見せず、
一瞬体をビクッと震わせたかと思うと、腕を組み直し、ますます深い眠りについてしまった。


一ノ瀬(ハァ〜〜……)


――次は、○○駅――……


そうアナウンスが流れると、男の隣に座っていた女が席を立ち、降り口の方へと向かって行った。
マサルはホッと息をつき、空いた席へと座る。


一ノ瀬(みんな、もう集まってんのかな〜。あの人達の事だし、先に始めてたりして。いや、でもコンロがないと鍋は食えないよな〜)


何とはなしに、降り口へと目を向け「あれ?」と首を傾げた。


一ノ瀬(降りるんじゃ、なかったのかな……?)


先ほど席を立った女が、たった今空いた降り口付近の席に腰掛けるのを見て、ぼんやりと思う。
ほんの少し気に掛かり、ボーっと視線を送っていると、また電車が止まり、ドッと人がなだれ込んできた。
空いている席は瞬く間に埋まり、出遅れた人々が仕方なしに吊り革へと手を伸ばす。
そんな中、人混みの隙間から、老婆の姿が覗いた。


一ノ瀬(あー、そりゃバアちゃんは席取り合戦には負けるよなあ)


仕方ない。あと数駅も過ぎれば、目的の駅に着く。
席を立とうと腰を上げ掛けたその時、老婆が何かに気付き、ゆっくりと歩き出した。


一ノ瀬(……?)


老婆の向かった先は、先ほどの女の目の前。
女がガサゴソと荷物をまとめている姿を見止め、次の駅で降りるんだろうと予想したのだろう。

けれど、マサルは何故だか、きっと次の駅では降りないのだろうと、そう思った。

老婆の予想通り、女は席を立った。
老婆と同じ事を考え、傍に立っていたのであろう男側に女は立ち上がり、靴を履き直す。
その間に、老婆は無事、空席へと腰を下ろしていた。

女は何事もなかったような顔をして、先ほどと同じように、降り口へと向かった。

そして――


――次は、○○駅――……


マサルの予想通り、女は降りなかった。
次の駅でも、次の駅でも、女は降りなかった。


一ノ瀬(やっぱりそうだ……っ)


女の行動の意味を悟り、マサルは込み上げてくる笑いを無理やりに押さえ込んだ。


一ノ瀬(あの子、「席、どうぞ」が言えないんだ……っ! だから、何も言わずに、さも「自分は今から降りますんで」みたいな顔して席を立っちゃうんだ……っ!)


あまりにも女の姿形に似合わない、ぶっきらぼうで分かり難い優しさに、笑えてくるのと同時に、ほんのりと心が温かくなる。
「ああ、いい子なんだろうな」と、素直にそう思った。




一ノ瀬「…………そのいい子が、まさか『』さんだったとは……」

「はい?」

一ノ瀬「いえ、何でも」


その後、女と同じ駅で降り、同じ道を辿り、テツガクの家へと到着したのだ。
驚いたのも無理はない。


一ノ瀬「〜〜カズナ先輩!」

佐伯「んあ?」

一ノ瀬「『んあ?』じゃないですよ! 先輩、僕に言いましたよね!? 鍋のメンバー訊いた時に、『俺らのツレで女もいるけどいいよな? 可愛げゼロの奴だけど』って!」

佐伯「あー、言った言ったー。言ったよー、マル君v 言いましたーv」

一ノ瀬「何気持ち良く出来上がってるんですか! あの子のどこが『可愛げゼロ』なんですか!」

佐伯「マル君こわーい。カズナ泣いちゃーう」

一ノ瀬「ええい、鬱陶しい! 世間一般的に見ても、充分可愛いですよ! 貴方目ェ肥え過ぎなんじゃないですか!?」

佐伯「うっせえバーカ!!!」

一ノ瀬「!!?」


んな事、言われなくたって俺が一番よく分かっとるわあ!!!


佐伯「おおっと、危ない危ない。酔ってるよー、俺。酔ってるけど大丈夫ーv」

一ノ瀬「いや何言ってるんですか貴方!?」

佐伯「酔ってるからって、口は滑らないよー。アヒャヒャヒャヒャ!!」

一ノ瀬「うわあああ、駄目だこの人ー!」

高森「てっさんに相当飲まされたからなあ」

「こっちも駄目ですね。トキヤ君、トキヤくーん?」

倉橋「ぅん、ちゃん……?」

「はいはい、ですよー? ただいま」

倉橋「……おかえりv」


……っ


「大丈夫? 鍋食べられる?」

倉橋「食べるよー、お腹空いたー」

「じゃあ準備しますから。起きててくださいねー?」

倉橋「てつだう」

「え、いいですよ。別に」

倉橋「だって、ちゃん仕事して帰ってきたのに……いだっ」

「と、と、と、トキヤ君!」

倉橋「蹴飛ばしちゃった、土鍋蹴飛ばしちゃった……」

「だ、大丈夫? 爪とか割れてない?」

倉橋「いたい……」

「あああ、泣かないで、泣かないでトキヤ君。ちょ、ホントに泣かないで!?」

坂田「ハッハッハ、今回のトキヤは泣き上戸バージョンか」

「〜〜てっちゃん! 何でこんなになるまで飲ませるの!」

坂田「可愛いだろ?」

一ノ瀬「ぅおーい! こっちも何言ってるんですか!?」

「と、とにかく、鍋は食べるのね? もう既にへべれけ状態だけど、準備していいのね?」

高森「お願いシマス」

「じゃあ、ちょっと台所行ってるから――えっと、マル、『さん』? 『君』?」

一ノ瀬「あ、タメ口でいいよー。ってか、タメでしょ?」

「じゃあマル君。この人達よろしく」

一ノ瀬「アイアイサー」




高森「……

「え? ああ、どうしたの?」

高森「手伝うよ。材料切るだけにしても、相当量あるだろ」

「ありがと。トモはそんなに飲まなかったんだね」

高森「いや? 飲んだけど?」

「……相変わらず、態度に出ないのねぇ。顔は赤くなってるけど……暑い所為かと思った」

高森「あいつらが豹変し過ぎんだよ。これ、皿に盛り付ければいい?」

「うん。あ、冷蔵庫に肉団子があるから出しといてくれる?」

高森「おーおー、作ったのか?」

「鶏肉のミンチが安くて。ムネ肉のだけど。今日のお鍋は鳥野菜だしね」

高森「マジで?」

「あんまりこっちじゃ見ないし、懐かしいかと思って。好きでしょ?」

高森「だいすき」

「野菜もちゃんと食べなさいよー」

高森「やだ。こそ、ちゃんと食えよー?」

「やだ。あ、そのお皿取って。大きい方」

高森「これ?」

「うん、ありがと。よし! じゃあ持っていきますか。――マル君は大丈夫かな」

高森「大丈夫なわけないだろ」




BACK TOP NEXT