第19話 モヤシのひげとり
「9月にね」
佐伯「ぅん?」
「たつ君のゲームが出るんですよ、パソコンの」
佐伯「え、たつ君、エロゲ出んの?」
「だから、そのパソゲー=エロゲーの認識は間違ってますってば」
佐伯「エロゲじゃねーの?」
「一応全年齢対象ですよ。今後の展開は不明ですけど」
佐伯「ふーん。で、それがどうした? よかったな、新しいゲーム出て」
「うん。渉君も出るんですよv でも、その……あ、『ダ・カーポ ガールズシンフォニー』って言うんですけど」
佐伯「うん」
「その『ダ・カーポ』の初回限定版に、イベント応募券が入ってるんですよ」
佐伯「応募? 参加券じゃなくて?」
「そうなんですよ! 買えば必ず参加出来る訳じゃなくて、買って、尚且つ応募して、抽選に当たらなくちゃいけないんです」
佐伯「あーあ。お前、何本買うつもりだ?」
「何本買えば当たると思います?」
佐伯「完ぺき運だろ、そんなモン。一本だって、当たる時は当たるし、十本買ったって当たんねー時は当たんねーよ」
「そうなんですよね〜。『確実にいくら出せば参加出来る』っていうんなら、惜しみなくそれなりの金額を出せるんですけど……」
佐伯「どっちにしろ買うんだろ。お前の場合、悩むだけムダだ、ムダ。――あ、俺の分のモヤシなくなった」
「じゃ、こっちの山手伝ってください。――分かってるんですよね、不毛な悩みだって事ぐらい」
佐伯「今まで、どんだけたつ君に貢いできたんだか。ホスト並みなんじゃね?」
「さすがにそこまでじゃ……ないと思いたい。宝くじでも買うべきかしら。でも、現実は月末にセーブとか出来ないし……」
佐伯「何のゲームだ」
「ラストエスコート。今回は何本買う事になるのかなあ。店舗特典は揃えるつもりでいたんですけど」
佐伯「店舗特典? 揃える程あんのか?」
「メチャクチャありますよ。メイトのドラマCDと、萌人のテレカと、げっちゅのテレカと、ソフマップのドラマCDと……」
佐伯「おーおー。あ、、ゴミ箱取って」
「んー」
佐伯「お前、テレカとかどうすんの?」
「どうもしません。いつもだったらドラマCDのみを狙うんですけど、今回はイベント応募券の事がありますからねえ。もういっその事コンプリしちゃいます」
佐伯「お前、よくそんなに金あるよな」
「私、無駄遣いしないもん」
佐伯「……ああ、確かに『ムダ』遣いはしてないのか」
「たつ君関連は、全て必要経費ですから。それ以外の事は、もう削って削って削りまくりますけど。
このモヤシはいい買い物だった! まさかカズナ君も買ってくるとは思いませんでしたけど」
佐伯「1袋11円とかで叩き売りされてたら、そりゃなあ」
「ちゃんとそういう事に目が向くのはいい事ですよ」
倉橋「ただいま! 聞いてよ〜!」
「おかえりなさい。どうしたんですか?」
倉橋「モヤシが11円で売ってたんだよ、11円! 俺、思わず5袋も買っちゃった! 5袋買っても55円! 安くない!? 凄くない!?」
佐伯「……スゴイな、確かに」
「私が2袋、カズナ君が1袋……。全部合わせて――」
佐伯&「モヤシが8袋……」
倉橋「え!? 二人も買って来てたの!? どうすんの、こんなにいっぱい!」
佐伯「それはこっちの台詞だ! 俺達が買ってきてなくても多過ぎだろ! 何だよ、モヤシ5袋って! 貧乏大家族か!」
倉橋「だ、だって安かったんだもん……」
「テンション上がっちゃったんですね……」
佐伯「夏場だし早く食わなきゃなんねーだろーに……」
「トキヤ君」
倉橋「は、はい」
「傷んで食べられなくなったりしたら、逆に勿体無いでしょう?」
倉橋「はい……」
「今度から、食べられそうな分だけ買ってきましょうね」
倉橋「……はーい」
「はい、じゃあトキヤ君も一緒にモヤシのひげを取りましょう。大丈夫ですよ。モヤシ8袋ぐらい。私が何とかしてあげます」
倉橋「うん!」
佐伯「お母さんだ……お母さんがいる」
「そこ。何か言いましたか」
倉橋「ちゃん、新聞紙取って」
「どーぞ。うわ、机が狭い」
佐伯「俺、こんないっぱいのモヤシ見んの初めて」
「私も。とりあえず、ひげが取れた分を冷蔵庫入れてきますね。タッパーあったかな」
佐伯「流しにあったぞー」
「あ、ホントだ。あったあった」
佐伯「ー、お前の分のモヤシ、これで終わりだっけー?」
「まだあるー。エコバッグに、えーっと、青い袋の中に入ってますー」
佐伯「勝手に探るぞー」
倉橋「ちゃん、エコバッグとか持ってるんだ。最近はスーパーの袋も有料のトコとかあるもんね」
佐伯「ってか、俺これ見覚えあんぞ」
「そりゃそうでしょうよ。買った時一緒にいましたもん」
佐伯「ビタミンの時のか!」
「ぴんぽーん。聖帝学園エコバッグでーす」
倉橋「へー、こういうグッズもあるんだー」
「今度のたつ君のゲームにもついてくるんですよ、エコバッグ」
佐伯「さっき言ってたやつのか?」
「うん。『ダ・カーポ』」
佐伯「ちょっと待て。って事はお前、エコバッグいくつ持つ事になるんだ?」
「……たつ君への愛の分だけかな……」
倉橋「何で遠い目してるの!?」
佐伯「ちっとも地球に優しくねえな」
倉橋「なあ、何の話してんの?」
佐伯「たつ君のゲームの特典に、イベント応募券がつくんだよ。だから、4,5本購入予定な訳」
倉橋「ああ、なるほど……。自動的に、エコバッグもその数だけついてくるわけか」
「カズナ君にも一つあげるね。一つと言わず、二つでも三つでも」
佐伯「いらねえよ! 乙女ゲーのグッズって事は、『乙女用』に作ってあるんだろ!
お前のどこが乙女だってツッコミは置いとくとして、完ぺき使い道ねえだろ、俺に!」
「力の限りにつっこんでるじゃないですか! もう……。
一つぐらい持っててもいいと思いますよ、エコバッグ」
佐伯「じゃあその青いのくれ」
「何で!?」
佐伯「パッと見、目立たねーし。それ見ても乙女ゲーのだって分かる奴、そうそういねーだろ」
「これはレアだから駄目!」
佐伯「ケチ!!」
倉橋「〜〜俺もまぜてぇ!」
佐伯&「ひぃ!!」
倉橋「何で俺には『あげる』って言ってくれないのさー!」
「えええ? ほ、欲しいの? 乙女ゲーのグッズですよ?」
倉橋「ちゃんは、こういう時、いっつもカズナにばっか話振るよね」
「いえ、半分冗談で言ってますし。この人がいやが――断る事も目に見えてますし」
佐伯「お前、今何言いかけた」
「トキヤ君相手にこういう事言うと、貴方、何の躊躇いもなく『ありがとう』って受け取ろうとするでしょう」
倉橋「駄目なの?」
「……だめ」
倉橋「何が!?」
「何かこう……気まずいからですよ! 上手く言えないんですけど、居た堪れなくなるんです!」
何故だか、逃げ出したい気分になる――
佐伯「……」
「……と、とにかく、エコバッグは全部私のです。あげません」
倉橋「えー」
「ホラ、手動かして。まだまだいっぱいありますよ、モヤシ」
倉橋「うん。これ、何にしよっか?」
「とりあえず、野菜炒めですかね。やっぱり」
佐伯「ヤキソバとかに入れれば?」
「それは却下ー」
佐伯「なんで?」
「私、麺類にモヤシ入ってるの苦手なんですよ。麺のフリして口に入ってくるのがイラッとして」
佐伯「アハハハハッ!」
「モヤシをモヤシとして食べるのはいいんですけどね。麺類と一緒に食べると、何だか騙された気に……」
佐伯「アホだ、こいつ……! マジでアホだ……!」
「う、うるさいですよ!」
倉橋「じゃあラーメンも駄目だね〜。モヤシ使った料理って、何かあったっけ?」
「別に何にでも使えると思いますけどね。お味噌汁に入れたっていいですし」
佐伯「あー、だな。あんまり入ってるトコ見た事ねーけどな」
「でも、そこまで変わり種って訳でもないでしょ? トモのキュウリに比べれば」
佐伯&倉橋「きゅうり!?」
「そ。キュウリ。初めて聞いた時はビックリして、実際に食べてみてもビックリした」
佐伯「う、ウマイのか?」
「作りましょうか? 私は食べませんけど」
佐伯「遠慮しときまっす」
「あとは……炊き込みご飯とか」
倉橋「冬だったらお鍋とかよかったかもね〜」
佐伯「別に夏食ってもいいんじゃね?」
「何それ我慢大会?」
佐伯「ヤセるぞ」
「やりましょう」
倉橋「え、ホントに?」
佐伯「んじゃ、近い内に人数集めっか〜。肉持ってきてもらわねーと」
「この家、土鍋ありましたっけ?」
倉橋「ってか、コンロは?」
佐伯「去年闇鍋パーティしたじゃん、トモやマル達と。あん時の鍋は?」
倉橋「あれ、確かトモのじゃなかったっけ? コンロはマルが持ってきてくれて、俺達は食料」
「マル?」
倉橋「うん、後輩」
佐伯「そんじゃあ、今回もあいつら呼んで持ってきてもらうか」
倉橋「え――」
佐伯「うわ、ヤベ。俺、そろそろバイトだわ」
「お疲れ様。あ、残りのモヤシ貰います」
佐伯「わり。頼んだ」
「はーい」
佐伯「んじゃ、いってきます」
倉橋&「いってらっしゃ〜い」
倉橋「……いいの?」
「え、何がですか?」
倉橋「鍋。何か、大勢で食べる事になっちゃったけど」
「……まあ、鍋は大体大勢で食べますしね」
倉橋「トモまで、いるみたいなんだけど」
「そう、ですね」
倉橋「マルなんて、全然知らないでしょ」
「トキヤ君が、困った顔するような事じゃないですよ。――それから」
倉橋「ん?」
「さっきから、モヤシを新聞紙に残して、ひげをボールに入れてます」
倉橋「あぁ!! 混ざっちゃった! モヤシとひげが混ざっちゃった!」
「あーあ」
倉橋「ちゃん! 気が付いてんだったら、もっと早く言ってよ!」
「いつ気が付くかな〜と思って」
倉橋「も〜!!」
ひげだらけになったボールに手を伸ばし、うな垂れる。
誤魔化そうとしたに、気付かない振りをしながら。
「ごめんなさいってば。ホラ、手伝いますから。ね?」
倉橋「も〜〜!!」
「も〜」
モヤシとひげが混ざってしまった新聞紙を引き寄せ、笑う。
誤魔化されてくれたトキヤに、気付かない振りをしながら。
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