第18話 あなたとコンビニ









佐伯「いらっしゃいませ、こん――ちくしょう」

倉橋「まあ! 何なのかしら、このバイト君は!」

「全くですわ! そこは『いらっしゃいませ、こんばんは』、もしくは『お帰りなさいませ、お嬢様』と微笑む所ですわ!」

佐伯「うるせー! 何しにきたんだ、お前ら!」

「何って、ちょっと小腹が空いたんで?」

倉橋「仲良く二人でお買い物?」

佐伯「……今何時だと思ってんだ。夜中の二時だぞ、二時。腹が減ったんなら寝ろ! どうせまた、てっさん家でゲームしてたんだろ」

倉橋「あたり。ドスファンゴが倒せた所で、力尽きて」

「ちなみに私は、文字通り力尽きてました」

佐伯「ドスファンゴでか!?」

「アクションは苦手なんですよ……。憧れのヒーラー防具が手に入るのはいつになる事やら……」

倉橋「あのゴツイ顔でヒーラー着るの!? 直視出来ないよ、俺!」

「切り掛かりますよ?」

倉橋「もう既に何回も切り倒されてる!」

佐伯「お前、モンスターとハンターの区別くらいつけろよ……」

「だってトキヤ君、ギアノスフェイクつけてるんだもん! 囲まれてると、紛らわしくて紛らわしくて」

倉橋「はいはい、俺がしっかり避けられるように頑張りますよ」

「ごめんなさいってば! 私も頑張りますよ、もう」

倉橋「もう」

「真似しないでくださいよ」

倉橋「拗ねないでくださいよ」

「す、拗ねてませんよ! こそばゆい事を言わないでください!」

佐伯「ハハハハハ、お前ら、おでんの汁ぶっかけるぞ」

倉橋&「!!!」

佐伯「いくら客がいねーからって、レジ前で騒ぐんじゃありません」


というか、いちゃついてんじゃねーよ


「ご、ごめんなさい。さ、さすがにこんな時間だとお客さんいないんですね。というか、店員さんもいない」

倉橋「カズナ、お前一人で店にいんの?」

佐伯「まさか。俺、まだピッカピカの新人だぞ。もう一人は奥で休憩中」

「店員さん、敬語のメガネ男子はどの棚ですか?」

佐伯「申し訳ございません、お客様。出口はあちらです」

「初っ端から追い出しモード! 『品切れ中です』ぐらい言ってくれても!」

佐伯「テンションたけーなー。、お前、相当眠いだろ。オラ、右行ってー、止まってー、また右行ってー」

「ぼくのおやつシリーズだー♪」

倉橋「色々あるよね〜。俺、マシュマロと三色モナカ買おっかなー」

「柿の種とー、ポップコーンとー、ポップコーンとー」

倉橋「あ、でも くるみ餅も食べてみたかったんだよなあ。どうしようかな……ちゃん、くるみ餅食べた事ある?」

「ううん」

倉橋「そっか。これ、美味しいかなあ? どう思う?」

「いえ、だから食べた事ないですし……。一度食べてみたらいいじゃないですか」

倉橋「でもマシュマロと三色モナカも食べたいんだよ」

「マシュマロも三色モナカもくるみ餅も食べればいいじゃないですか。ほら、カゴ入れますよ」

倉橋「ああ! でも、そんなに食べられないし!」

「ちょっとずつ全種類食べればいいでしょう。残ったら私が食べますよ」

倉橋「ホント? ありがとー」

「……」

倉橋「……」

「私、常々思うんですけど」

倉橋「な、なあに?」

「中身をトキヤ君と入れ替えたら、猫をかぶらなくてもそれなりにモテるような気がします」

倉橋「……俺も。『ハッキリして!』とか『しっかりして!』とか言われなくなりそう……」




井上「さささ、佐伯さん!」

佐伯「ぅおあ! は、はい! どうした、井上さん!」

井上「す、すみません、私、ウトウトしちゃって……気が付いたら、休憩時間10分も過ぎてて……!」

佐伯「ああ、なんだ。ビックリした。いいよ、別に。昼もバイトだったんだって? 勤労学生」

井上「本当にごめんなさい。忙しくなかったですか?」

佐伯「うん。客もそんなに来なかったし」

井上「よかった〜、じゃないですね。ごめんなさい。えっと、お客さんは……あのカップルだけですか?」

佐伯「ちがいます」

井上「え、あ、他にもいるんですか? お手洗いかな?」

佐伯「あ、いや、そういう意味の違うじゃなくて……」

井上「???」

佐伯「井上さん」

井上「はあい?」

佐伯「あと5分あげるから、鏡見といで」

井上「!! 寝癖!? ヨダレ!?」

佐伯「知りたい?」

井上「3分で戻ります!」

佐伯「ハハッ」




倉橋「飲み物も買ってこっかー。何にする?」

「十六茶にします」

倉橋「ちゃん、基本的にお茶ばっかりだよね」

「そうですね。好きっていうのもあるんですけど、ジュースは太りますから、たまにしか……」

倉橋「ダイエットしてるの? どっこも太ってないのに」

「……男って、自分が興味のない女にはそういう事言うんですよね」

倉橋「そ、そんな事ないよ! 誰情報!?」

「いえ、経験上……」

倉橋「もう……本当に太ってなんかないと思うんだけどなー。無理な事はしちゃ駄目だよ? 抱き締めた時に柔らかいのが、女の子のいい所です」

「はあ……」


素直に、ちょっとドキドキくらいしとけばいいのに。
ここで、抱き締める予定なんかないくせに、って思っちゃうのが、可愛くない所なんだろうなあ。


倉橋「まあ、柿の種とポップコーンを食べようとしてる時点で心配ないか」

「痩せたいとは思ってるんですよ。でも、好きな物食べながらゲームしてる時間って至福なんですよね……」

倉橋「分かる分かる。俺は何にしよっかな。イチゴ味の新製品とかない?」

「うーん、ない」

倉橋「ない。そういえば、炭酸のイチゴ味ってどうして少ないの? あんまりないよね?」

「あー、ないですね。炭酸は爽快感がウリですし、苺だとどうしても甘ったるさが強いんじゃないですか?」

倉橋「そっかー。ガムも少ないんだよなー。好きなのに……」

「『アイスボックスの苺味』なんて出たら、私確実に買うんですけどね」

倉橋「だよね! だよね! イチゴ味、絶対おいしいのに、誰の陰謀だ?」

「誰の陰謀だ?」


倉橋&「だ〜れのいんぼうだ〜♪」


倉橋「……だめだ、俺達、相当ネムイね」

「眠いですね」

倉橋「そろそろ行こうか。他に何か欲しい物は?」

「大丈夫。トキヤ君は?」

倉橋「俺もオッケー。んじゃ、カズナにバイバイして帰ろっか」

「うん」




佐伯「おー、ようやく買うモン決まったのか」

「お願いしまーす」

佐伯「はい、いらっしゃいませっと」


ピッピッピッ


佐伯「975円になります。っと、ちょっと待ってろ。――ホラ」

「え?」

佐伯「ファミチキ。買ってやるっつってただろ。おみやげ」

「ありがとうございます」


クスクスと笑い出したに首を傾げる。


佐伯「なんだよ、どうかしたか?」

「いえいえ、私も、これを渡そうとしてたトコだったんで」


そう言って差し出されたのは、たった今会計を済ませたばかりの缶コーヒー。


「こんな夜中までお疲れ様です」

佐伯「……サンキュ」

「それじゃ、お邪魔しました〜」

倉橋「おつかれ、カズナ〜」

佐伯「おー。気を付けて帰れよー」




佐伯「あー、ねみー」

井上「お疲れ様でした、佐伯さん」

佐伯「あ、おつかれさま。さっさと家帰って寝よっかー」

井上「そうですね。お家、近いんですか? こんな時間だと、電車動いてないですけど……」

佐伯「ああ、知り合いの家が近いから。バイトの後は、大抵そこに帰んの」

井上「あ、もしかして彼女とか」

佐伯「残念ながら。先輩んトコ。しかも男」

井上「アハハ、なーんだ」

佐伯「井上さんは? 家、近いんだっけ?」

井上「はい。歩いて10分位なんですよ。バイト帰りに10分歩くのは、なかなかしんどいんですけどね」

佐伯「だよなあ。俺、今カバンも持ちたくねーもん」

井上「ですよね〜」

佐伯「んじゃ、帰ろっか。途中まで一緒しよ」

井上「え、あ、はい」

佐伯「いっつもこんな時間に一人で帰ってんの?」

井上「あ、でも本当にすぐそこですし。何かあったら走って逃げますし」

佐伯「俺、井上さんと追いかけっこしたら絶対負けねーと思うけど」

井上「私も、勝つ自信がありません……」

佐伯「もう少し、バイト終わる時間ずらすとかすれば? あと一時間遅かったら、夏なら大分明るいだろうし」

井上「そうですね。ごめんなさい、気を付けます」

佐伯「いや、別に謝んなくてもいいんだけど……俺、言い方キツイ?」

井上「え? そんな事ないですよ?」

佐伯「ならいいんだけど……。俺、結構考えなしに喋るトコあっから……人に言われてからは気を付けるようにしてんだけど」

井上「全然だいじょうぶですよ? 心配してくれてありがとうございます」

佐伯「いーえ」




倉橋「おー、やっと出てきた」

佐伯「……は? トキヤ?」

倉橋「おつかれー。って、あれ? そっちの人は? バイトの人?」

佐伯「あ、ああ、同じバイトの井上さん」

井上「初めまして、井上です。井上ヒトミ」

倉橋「初めまして。カズナの友達の倉橋トキヤです」

佐伯「夜中だし、途中まで一緒に帰ろうかと思ってさ。んで、お前とは何してるわけ?」

倉橋「ちゃんは寝てるね」

佐伯「寝てるな」

倉橋「さっきのさっきまで、頑張って待ってたんだけどね。限界が来ちゃったみたいで」

佐伯「夏だからって、こんな時間じゃ寒いだろうが。家帰って寝かせろよ。何か用だったのか?」

倉橋「これ」


先ほど、カズナが渡したばかりの「ファミチキ」をちらつかせ、トキヤが笑う。


倉橋「一緒に食べようってさ」

佐伯「……バカじゃねーの。てっさん家で待ってりゃいいだろうが」

倉橋「お前が、絶対てっさん家に帰ってくるかは分かんないだろ」

佐伯「帰るに決まってんだろ」

倉橋「え? なんで?」

佐伯「……なんでも。ん、俺のカバンよろしく」

倉橋「りょーかーい」

佐伯「うわ、おっも」

倉橋「聞こえても知らないぞ」

佐伯「知るか」


口調は乱暴だが、抱きかかえる腕は、はたから見ていても分かるほど優しくて。
ヒトミは、思わず口元に手をやり笑った。


佐伯「どうかした? 井上さん」

井上「ううん。なんでもない」

佐伯「うあー、マジでおもーい。ったく、やせろよ、この引きこもり。まーたどっか連れ出さなきゃだな、こりゃ」

倉橋「夏の間に、もう一回ぐらいどっか行きたいよね」

佐伯「だな。でなきゃ、こいつ、ゲームとチューペットで確実にデブるだろ」

倉橋「お前、女の子に向かって……」

佐伯「聞こえてねーだろ」

倉橋「聞こえたらどうすんだよ」

佐伯「起きてんだったら歩かせるっつの」


ぶつぶつとごちるカズナに、ヒトミが微笑ましい視線を向ける。
その視線に気付いたカズナが、再び首を傾げた。


佐伯「井上さん、どうした? なに、さっきから」

井上「疲れて、カバンも持ちたくないんじゃなかったんでしたっけ?」

佐伯「……」

倉橋「ん? 何の話?」

井上「あ、私、こっちなんで。一緒してくれてありがとうございました、おやすみなさいv」

佐伯「お、おやすみ〜。オツカレ!」

井上「はい、お疲れ様でした」

倉橋「なあ、カズナ、なに――」

佐伯「トキヤ、今何時?」

倉橋「え、ああ、――3時25分だけど……」

佐伯「マジで? ダメだ、それ聞いたら余計眠たくなってきた。とっとと帰ろうぜ」

倉橋「そうだねー。早くちゃんをちゃんと寝かせてあげなきゃだしね」

佐伯「へーへー、急ぎますかねー」




















































































頭の中をちらついていたのは、トモの言葉。


お前がに恋愛感情なんて持つようになったら、あいつはお前から離れてくよ


理解もしていたし、気を付けていたつもりだったのに。
知らず知らずの内に、態度に出てきてしまう。
が大切だと。


離れてくよ


佐伯(……バレてたまるか)


抱えている腕に力を込め、トキヤに気付かれないよう、そっと静かに息を吐いた。




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