第15話 無神経な男









佐伯「海だ!」

「海ですね」

倉橋「海だね〜」

佐伯「何だお前ら! もっとソウルフルな反応は出来ねえのか!?」

「カズナ君は夏でも元気だなあ……あ、海の家」

佐伯「イカヤキ!」

「私ヤキソバ!」

倉橋「何これデジャブ!? 待ってよ! 俺、焼きトウモロコシ!」




佐伯「は! 海に来て真っ先にすんのが『メシ』っておかしくねえか!?」

「別にいいんじゃないですか? ヤキソバ美味しいですし」

倉橋「ちゃん、一口ちょうだい」

「いいですよ。はい、アーンv」

倉橋「何で紅生姜オンリーなの!? ヤキソバ! ヤキソバ食べさしてよ!」

佐伯「あー……んっ!!」

倉橋「うわあ、カズナ! 誰がトウモロコシ食っていいって言った!?」

佐伯「俺の中の脳内神様が」

「あ、私も食べていいか訊いてみてください」

佐伯「『いいんじゃね?』ってさ」

倉橋「かるっ! 神様かるっ! あげるよ、別に普通に、もう。――ホラ、あーん」

「あーー……」

佐伯「あ、わりぃ手が滑った」


「ふごがぐご! ――何するんですか! イカ嫌いなのに!」

佐伯「一口分くらいしか残ってなかっただろ。好き嫌いするんじゃありませんザマスっ!」

「どこのママ!? もう、カズナく――」

佐伯「 い い か ら 黙 っ て イ カ 食 っ て ろ … … 」

「は、はい……」




倉橋「さて、と。お腹もいっぱいになった事だし、泳ごうか〜」

佐伯「だな。着替えてこようぜ」

「いってらっしゃ〜い」

佐伯&倉橋「…………は?」

佐伯「、お前、水着は?」

「持ってきてませんよ?」

倉橋「ど、どうして? 忘れちゃったの?」

「いえ、あの、『海に行く』って突然決まった事じゃないですか。だから、その、無駄毛が」

佐伯「はあ!?」

「無駄毛の処理が出来てないんですよっ」

倉橋「そ、そんな気にしなくても……。海に入っちゃえば分かんないんじゃない?」

「別に水着にならなくても、このまま入っちゃいますから大丈夫ですよ」

佐伯「ってか、そんなに気になるなら、毛の処理くらい毎日しとけっつの」

「……」

佐伯「毎日手入れする程、気にしてねーんだろ。だったら、ここにきて今更気にすんなよ」

「……毎日してても、すぐ生えてきちゃうんです。私、昔から濃い、から……。前の日の晩に剃っても、次の日には……」

倉橋「ちゃん、もういいよ? 水着にならなくたって、楽しめるもんね。大丈夫大丈夫」

佐伯「気にしてんのはお前だけで、周りの奴らはそんなトコ見てねえっつーの。自意識過剰なんじゃねーの? ったく」

「……」

倉橋「カズ――」


「悪気が無かったら、何を言っても許されると思うなよこの無神経男」


佐伯&倉橋「……」

「行きましょう、トキヤ君。私、泳げないんですよ。トキヤ君の浮き輪、一緒に使ってもいいですか?」

倉橋「あ、う、うん」

佐伯「え、ちょ、あの、……え!?」

倉橋「……ハッキリ言うぞ。お前が悪い」




「久し振りだな〜、海」

倉橋「そうなの?」

「はい」

倉橋「もしかして、あんまり乗り気じゃなかった?」

「……そんな事ないですよ。本当に嫌なら、来なかったですし」

倉橋「そう? よかった」

「……トキヤ君は、本当に」

倉橋「うん?」

「優しいですよね」

倉橋「え、なに、どうしたの。照れるんですけど」

「いえ、つくづく思いまして」


『ボーダーライン』を、彼は決して踏み越えない
いつも、いつだって


倉橋「……俺は、あんまり人に踏み込み過ぎて、傷つけちゃうのが怖いんだよ。臆病なだけだって、よく言われる」

「そんな事ないです。人を、傷つけるのが怖いって思える人は、やっぱり優しい」

倉橋「ありがと」

「…………あんな、影も何もない所にしゃがみ込んで……」

倉橋「え? ああ、カズナか。アハハ、ホントだね。あれじゃ、すぐに日射病だ」

「……」

倉橋「影も何もないのに、あそこだけ暗いし。浜辺で一人体育座りしてる男って、不気味以外の何ものでもないよね。
    浜辺、あんなに混んでるのに、カズナの周りだけ人がいないもん。
何あれ、カズナゾーン?」

「……トキヤ君」

倉橋「ん? なーに?」

「……」

倉橋「……」

「……また、前みたいに、トキヤ君が代わりに謝ってくるのかと思った」

倉橋「ちゃんに?」

「うん」


さっきはゴメンね。その、カズナが

ゴメンね。後で、ちゃんと本人にも謝らせるから


倉橋「ああ、あったね。そういえば、そんな事も」

「出会ってすぐの事じゃなかったでしたっけ」

倉橋「うん、確かそう。……でも、大丈夫だろ?」

「……? 何がですか?」

倉橋「前の時とは、全然状況も関係も違う。出来るだろ? ちゃんと。仲直り」

「……いってきます」

倉橋「はい、いってらっしゃい」




「――こんな所に長時間座りこんでたら、邪魔ですよ」

佐伯「……

「な、なんて顔してるんですか……」

佐伯「……」

「はあ……。さっきの言葉、本心なんで撤回は出来ません」

佐伯「……!」

「でも、私の方も色々と言葉……というか説明が足りなかったと思うんで、補足しにきました。聞いてもらえます?」

佐伯「……はい」

「本当はね、無駄毛の処理が出来てないんじゃなくて、『処理をした』から腕を出せないんです」

佐伯「は? どういう意味?」

「昨日、一ヶ月に一度の脱毛エステの日だったんですよ。レーザー脱毛なんで、次の日は一日、腕がこんなになっちゃって」


そう言って、袖をめくってみせる
白い腕は、所々が赤く、痛々しかった


佐伯「おま、それ大丈夫なのかよ!?」

「あ、痛くはないんですよ。普通の人はここまで赤くならないみたいなんですけど、私は他の人より体毛が濃いんで、次の日になっても赤みがひかないんですよね。
    明日には、もう何事もなかったかのように、元通りになってますよ」


佐伯「そ、そうなのか?」

「はい。今までだって、平気で半袖着てたでしょう?」

佐伯「そういやそうだな……」

「まあ、脱毛中は半端なく痛いんですけどね。どれくらい痛いかっていうと、えーっと、針で全身の毛穴を一個ずつ刺していくくらいの……」

佐伯「わー! わー! イタイイタイイタイ!」

「レーザーで、体内の毛根を焼いてるんですもん。そりゃ痛いですよ。でも、ちゃんと二年続けると、ホラ。足は見事にツルンツルーン」

佐伯「二年も……」

「金銭的余裕がなかったんで、最初は足だけしてもらったんです。で、足が終了したんで、次が腕と脇」

佐伯「高いんだろ? こういうのって」

「はい。ものすごく」

佐伯「……」

「高いし、痛いんですけど、それでも、ずっと小さな頃から気にしてた事だったから」

佐伯「……」

「……追い討ちをかけるみたいで、悪いんですけど……」

佐伯「いいよ、もう……とことんまで言っちゃってください」

「よく、『自分がされて嫌な事は、人にしちゃいけません』って言うでしょう? あれ、私は違うと思うんです。
    自分がされて平気だからって、相手もそうとは限らないんですよね。
    だから、ちゃんと考えなくちゃいけないと思うんです。何をされたら嫌なのか、何に傷つくのか」



他人の考えてる事なんか、分かるはずもない
100%理解する事など不可能だ

それでも


「考える事って、大切だと思うんです。カズナ君は、よく意識しないで喋るから、『そのつもりがなくても』結構グサッとくる事を言います」

佐伯「はい……」

「もちろん、考えて喋ってても傷つけてしまう事はあるんですけどね」

佐伯「はい……」

「それでもやっぱり、何も考えないのは、よくない、……と思う。
    相手の事を何も考えずに、ズバズバ言うのは、性格がサバサバしてるんじゃなくて、……無神経、です」


佐伯「……は、い…」


鼻と、喉の奥が痛い。痛い。


「私も、上手く説明出来なかったから、それは、悪かったと思います。
    私が、最初からさっきのように説明してたら、カズナ君もあそこまで言わなかったでしょうし。
    けど、やっぱりあんまり口にしたくなくて……」


佐伯「……お前は悪くねえよ。そうだよな、そりゃ、そうだよな。女だもんな」


無駄毛がどうとか、そんな事、わざわざ口にしたくないに決まってる。
考えれば、こんなにも容易に想像がつくことなのに。
己の怠慢以外、何ものでもない。


「ううん。だって、『分かってほしい相手には、必要な努力』……でしょ?」

佐伯「え?」

「カズナ君が言ってくれたんじゃないですか」

佐伯(俺、そんなこと言ったっけ……?)

「……カズナ君、とりあえず場所を移動しましょう。顔が、肝臓悪い人みたいになってます」

倉橋「うりゃーv」

佐伯「うぉわあ! 冷てぇ!」

倉橋「ホラホラ、ジュース買ってきたから水分補給して。二人して倒れたって、俺、ちゃんしか運べないからな」

「ありがとうございます。いただきます」

佐伯「イタダキマス」

倉橋「はい、どーぞ。それで? 終わったの?」

佐伯「何がだよ」

倉橋「仲直り」

佐伯「…………まだ。……

「はい」


佐伯「ゴメンな」


「はい」

倉橋「よし、じゃあ遊ぼっか〜」

男性「スミマセ〜ン! ちょっと今、お時間よろしいですか?」

三人「はい?」

男性「○×テレビの『エロカワ★ビーチエンジェルを探せ!』というコーナーなんですが、ちょっとお話とか、えー、大丈夫ですか?」

佐伯「いや、あの」

男性「あ、もう、すぐ! すぐに済みますから! そちらの女の子に、一言二言コメント頂けたら、ね! いいですね〜、イケメン二人も引き連れて! 目立ってますよ〜」

倉橋「って言われても……ちゃん、カメラとかって……」

「大嫌いです」

倉橋「ああ、やっぱり」

佐伯「すんません、ちょっと他あたってもらっても――」

男性「見事、誰もが認めるようなエロカワなコメントが頂けたら、何と××社の電化製品、どれでもお好きなのをプレゼント!!」


キラーン☆


倉橋「今、ちゃんの目が光ったような……」

佐伯「スイッチ入ったな」

「よく分からないんですけど……何を答えたらいいんですか??」

倉橋「小首かしげた!」

佐伯(かかか、かっ……!)

男性「いや〜、普通だったら水着でポーズとってもらって、エロカワな一言を言ってもらうんですが〜」

「アハハ、じゃあどうして私なんか選んじゃったんですか〜」

男性「水着、何で着ないんですか?」

「何でって……」


右手にカズナを、左手にトキヤを
腕に絡めるようにして、引き寄せる


「昨日の痕が、まだ消えなくって」

佐伯「へ?」

倉橋「え?」


にーっこり


男性「……」

佐伯「……」

倉橋「……」

男1「〜〜ありがとうエロカワ!」

男2「ありがとうエロカワ!」

倉橋「な、ななな、何それ、合言葉!? 変な番組!!」

佐伯「アホ! 気にすべき点はそこじゃねえ!」

倉橋「そ、そうだな!」

佐伯「ー!! なんっっっちゅー事言ってくれてんだ、お前はー!!」

「私、今何か嘘つきましたか?」

佐伯「う、あ、ついてねえ、ついてねえけど!!」

男性「いや〜、これは予想外に小悪魔な発言が飛び出しましたね! 駄目ですよ〜、お二人さん。こんな小さな体に無茶させちゃ!」

佐伯「誰が!!」

倉橋「すみません、今の、カットとかって――」

男性「あ、生です、これ」

倉橋「うああああああああ」

佐伯「誰も見てませんように! 誰も見てませんように!!」

「賞品、頂けるんですか?」

男性「はい、もちろんです! 文句なしに、あなたが大賞!」

「ぃやったーv」




〜帰りの車内〜




「……カズナ君、起きてますか?」

佐伯「ん、どうした? 運転代わるか?」

「あ、大丈夫です。もう知ってる道まで来ましたし、このまま行けると思います」

佐伯「疲れたらすぐ言えよ〜。で、なに?」

「補足の補足」

佐伯「は?」

「カズナ君は、考えなしにグサッとくる事を言いますけど、でも、たまに……その『考えずに言った言葉』が別の意味でグサッとくる時があります」


お前、俺達といる方が楽しいだろ?


「ものすごく嬉しかったり、する時があります」

佐伯「……」

「それだけ」

佐伯「……ん」


火照った顔を誤魔化したくて、エアコンの風を強くした。
ズルズルと、シートに体をうずめる。






























































































































もうダメだ。今日ので完璧、おちたかも




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