第14話 履歴書
「ただいま〜」
佐伯「おー、おかえり」
倉橋「おかえり、お疲れ様。お昼、もう食べた?」
「あ、はい。仕事帰りに、お客さん達と。――カズナ君、何してるんですか?」
佐伯「履歴書書き。バイトしよーと思ってさ」
「へー。何のバイト?」
佐伯「コンビニ。ファミマ」
「いいですね! ファミマ大好きv」
倉橋「ああ、ちゃん好きだよね、ファミマ」
佐伯「ファミマっつーか、ぼくのおやつシリーズの大粒柿の種とポップコーンがな」
「亀田以上に美味しい柿の種なんて、この世に存在しないと思ってたんですけどねぇ」
倉橋「俺はコンビニだったらミニストップが一番好きかな〜」
「デザート系が充実してますもんね」
佐伯「俺はサンクス辺りだな〜。カラアゲがウマいトコがいい」
「え? じゃあ何で、サンクスにしなかったんですか? バイト先」
佐伯「ふぁ、ファミチキもウマいから」
「ふーん、そうなんですか? 今度、お土産に買ってきてくださいね」
佐伯「おー」
「あ、ちょ、学歴を書く時は一行目に『学歴』って書かないと駄目ですよ」
佐伯「げ、そうなの? 修正液修正液」
「ちょ、ちょ、ちょ、履歴書に修正液なんて使っちゃ駄目です!」
佐伯&倉橋「そうなの!?」
「なぜトキヤ君まで驚く!」
佐伯「……俺ら、よくあの履歴書で事務所に拾ってもらえたな」
倉橋「ホントにね……」
「もう……ホラ、新しい紙出して」
佐伯「マジかよー、最初っから書き直しー?」
「最初に、シャーペンで薄く下書きしとくといいですよ。それをボールペンでなぞって、最後に消しゴムかけてください」
佐伯「めんどくせー!!」
「私、ファンレター書く時はいつもそうしてますけどね」
佐伯「気持ちわりー!!」
「……」
佐伯「ぎゃー! が俺の履歴書破ったー!! しかも新しい方ー!!」
「どうせまた失敗しましたよ、きっと」
佐伯「何て素敵な爽やか笑顔! お前、も、ホント、たつ君に使う『気遣い』ってやつを、一割でいいから俺に使えよ」
「た……たつ君とご自分を同じ舞台に上げようとするなんて……。身の程知らずにも程がありますね」
佐伯&倉橋「申し訳ありませんでした」
「だからなぜトキヤ君まで!」
倉橋「ちゃんのあまりの迫力につい……」
佐伯「ダメだ。いつまで経っても終わらねえ。真面目に書こう」
「そうしてください」
倉橋「カズナ、写真はもう撮ったの?」
佐伯「撮った撮った。財布ん中入ってっから、ノリで貼っつけといてくんね?」
倉橋「了解」
「見せて見せて」
佐伯「別に普通だぞ」
「……本当に普通ですね。つまらない」
佐伯「お前はたかが証明写真に何を求めてるんだ!」
「こういうスピード写真は、写り悪いのが常識でしょう!
カメラを見つめていた筈なのに何故か目線はあらぬ方向を漂い、
少しでも人相良く写らないとまずいのに笑うわけにもいかず、結局は微妙としか表現のしようがない表情をさらけ出し、普段の三割増しはブサイクに写るのが常識でしょー!」
佐伯「どこの国の常識だそれはー!」
「これだから無駄に外見の整った人間は……ヒゲでも描いてやろうかしら」
佐伯「ヤメテクダサイ」
倉橋「ほらー、もう、ちゃん。写真貸して。貼り付けるから」
「はーい」
佐伯「何でトキヤの言う事なら素直に聞くんだお前は!」
「あ、貼っつける前に、裏に名前と生年月日書かないと。カズナ君、誕生日いつですか?」
佐伯「昭和58年11月11日」
「昭和58、……え!?」
佐伯「え、なに!?」
「あ、いえいえ、11月11日なんですか?」
佐伯「うん、ポッキーの日」
「たつ君も11月11日なんですよ」
佐伯「へー、そうなのか」
「……いいなぁ」
佐伯「誕生日が一緒なくらいで、そこまで羨望の眼差しを向けられても」
倉橋「ちゃん、たつ君の誕生日はちゃんと覚えてるんだね〜。彼氏のは最初から覚えないくせに」
「何を言ってるんですか! 彼氏とたつ君は、別次元でしょう!?」
佐伯「だから! お前のたつ君は何次元の存在なんだ!」
「だから! 2.5次元だってば! ――あ、この家、ノリなんてあるんですか?」
倉橋「そういえば、見た事なかったかも」
佐伯「ご飯粒じゃダメ?」
「駄目ですよ」
佐伯「真顔で返された……。確か、セロハンテープもダメなんだっけ」
倉橋「ホント、色々面倒臭いよね。いや、面倒臭がっちゃ駄目な事なんだろうけど」
「そうですね。履歴書って、こういう細かい決まり事をどれだけ守って書いてこれるかっていうのも見られてますからね」
倉橋「あ、そうなんだ」
「カズナ君なんてまだマシな方ですよ。前に店に面接に来た人で、履歴書全部青のボールペンで書いてきた人とかいましたからね。でもって写真はセロハンテープ」
佐伯「うーわ。で、どうなったんだ?」
「当然丁重にお断りしましたよ」
倉橋「ん? ちゃんが面接するの?」
「あ、いえいえ、とんでもないです。店長がしますよ、そこは。けど、あの人結局最後には『どう思う?』って訊いてきますから……」
佐伯「牛耳ってんだな」
倉橋「牛耳ってんだね」
「ぎゅ、牛耳ってなんかないですよ! 人聞きの悪い事言わないでください!」
佐伯「店長ってあれだろ? 前に店行った時、カウンターにいた、体のでかい――」
倉橋「いかにも人の良さそうな感じの」
「そ、そうですけど……ちょっと! その哀れむような瞳をやめてください! 私の後ろに誰を見てるんですか、誰を!」
佐伯「やっと資格欄まで来た……」
「お疲れ様です。何か持ってるんですか?」
佐伯「えーっと、硬筆4段とー、毛筆5段とー」
「え、それだけ持っててこの字なんですか?」
倉橋「言わないでやって、ちゃん」
佐伯「あとは免許。車の」
「あ、免許持ってるんですか」
佐伯「おー、ペーパーだけどな」
「ここらじゃ、持ってても乗る機会なんてないですもんね。私もペーパーですよ」
倉橋「二人とも持ってるのか〜。いいな〜」
佐伯「お前も取れよ。免許くらい」
倉橋「うーん、でも持っててもあんまり使わないんでしょ? 二人ともペーパーなくらいだし」
「まあそうですね。持ってたって、せいぜい遠出する時のアッシーに使われるくらいじゃないですか? 男性は」
佐伯「お前悪魔だな!」
「私はしてない!」
倉橋「じゃあやっぱり、そんなに必要ないかなあ? 取るのに、お金も時間も掛かるし……」
佐伯「そうだな、別にいいんじゃね? ちょっと彼女を迎えに行くのにだって、キックボードとかで駆けつければ」
「そうですよね。別に車にこだわる必要なんてないですよね。キックボードだって、演出次第で充分格好良いですよ。階段の手すり滑り降りてきたり」
倉橋「どっから出てきたのさキックボード! ちゃんと想像してみてよ! キックボードで手すり滑り降りながら彼女の元に駆けつける男って、変人以外の何者でもないよ!!」
佐伯&「……っっ」
倉橋「あ、ちょ、二人とも! 今、俺の姿で想像したでしょ! 俺の姿で想像したでしょ!?」
佐伯「し、してな、してないしてない……っ」
「と、トキヤ君が颯爽とキックボードを乗りこなしてる姿なんて……っ」
佐伯&「……っっ!!」
倉橋「声を押し殺して笑うなー!!」
佐伯「や、やっと全部書けた……!!」
「履歴書って、書くのにこんな息切れするようなものでしたっけ……」
倉橋「勝手に笑い転げてただけだろ、もう……」
「面接、いつなんですか?」
佐伯「ああ、今日の16時から――」
現在 15時45分
三人「うわあああああ!!!」
佐伯「だ、だ、だ、大丈夫だ! すぐそこだし、走って行けば間に合う! 間に合う多分!」
倉橋「わ、分かったから落ち着け! お前が小脇に抱えてるのはてっさんの枕だから!」
「トキヤ君、カズナ君にキックボードを貸してあげて!」
倉橋「こんな時までこの子はもう!!」
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