第11話 可愛げのない女











佐伯「か、可愛くないのに、可愛いんです」




高森「……は?」

佐伯「可愛くないのに、可愛いんです」

高森「いや、それは今さっき聞いたけど……」

佐伯「可愛くないのに、可愛いんです……っ!!」

高森「か、カズナ? どうした? 落ち着け?」

佐伯「だって!!」

高森「わあ!!」

佐伯「俺、何回あいつに『可愛くない』って言ってきたと思う!? ってか、言ってなくても何回『可愛くねえ』って思ってきたと思う!?
    ありえねえ! ありえねえったら、ありえねえ!!」


高森「だから何が!?」

佐伯「あんな、基本無表情で口悪くて、ずる賢くて、変態的に声フェチでゲーオタで! そんな奴相手に『可愛い』だなんて……!」

高森「ああ、の話か」

佐伯「ありえないだろ!? トモ君!!」

高森「いや、俺はもう既に『可愛い』って思っちゃった人間だから。覚えてる? 俺、あいつの元彼」

佐伯「俺、おかしい!」

高森「台詞全部にビックリマークつけて喋んなよ。うるせーぞ。ってか、今俺に失礼な事言っただろ」

佐伯「落ち着こう」

高森「そうだな。それがいい。そして俺の話を聞け」

佐伯「別に可愛くなんかない。可愛くなんかない。ちょっと反応が予想外だっただけだ。ハハハ何てソフトバンク」

高森「まだ落ち着けてねえぞ。何だよ。試してみたのか? 名前」

佐伯「うん」

高森「どうだった?」

佐伯「かわいかった」

高森「……」

佐伯「は! 違う! 可愛くなんかないってば!! バカ!!」

高森「あー、はいはい。分かった分かった。あいつ、営業中は男慣れしてんだけど、素でいる時はそうでもないんだよ。
    普段のテンションが低いから、ああも動揺されると面食らうよな」


佐伯「全くだ……」

高森「とりあえずこれで、が『女の子』だって事は理解できただろ?」

佐伯「うん……。二の腕とか、超やわらけーの。筋肉ゼロなんじゃねーのか、あいつ……」

高森「……感触を反芻すんなよ。やらしーぞ」

佐伯「し、してないしてない!」

高森「惚れちゃった?」

佐伯「んなわけねーだろ!?」

高森「ふーん?」

佐伯「ただ、ちょっと、……女の子だったんだなって、思っただけだよ」

高森「ふーん……。ま、その方がお互いの為だろうけど」

佐伯「え?」

高森「もし、お前がに恋愛感情なんて持つようになったら、あいつはお前から離れてくよ。
    告白なんかしなくても、あいつに好意を気付かれた時点でアウト」


佐伯「……俺、そんなにあいつに嫌われてる……?」

高森「あ、違う違う。そういう意味でなくて。……あいつ、『恋愛関係は長続きしない』って、諦めてるんだよ。
    しかも、お前やトキヤは数少ない、『素』のあいつと付き合ってるわけだろ?」


佐伯「……?」

高森「だから、えっと、一つずつ言ってやろうか?」

佐伯「お願いします」

高森「『恋愛関係は長続きしない』
    『そのまんまの自分を見せられる相手は、居場所は、稀。貴重。大切』
    『そんな相手と、恋愛関係に発展しちゃったら、いつかは離れなくちゃいけない』」


佐伯「おいおいおい」

高森「『素の部分を知られてる相手に嫌われたりしたら』」


自分が真正面から否定されたみたいだ


佐伯「おいおいおいおい……」

高森「な? あいつ、ホント、性格問題ありだろ? 捻くれてるっつーか」

佐伯「ほんっっと、……可愛くねえ奴」

高森「……ハハッ」


離れるのが嫌だから、好かれたくない
つまりは、それほどまでに、大切だということ


高森「お前は、さ」

佐伯「ん?」

高森「どうすんの? これから」

佐伯「どうって言われてもなあ」

高森「……傍に居たいなら、全力で騙し抜け」

佐伯「……」

高森「それが無理なら忘れろよ」


が『女の子』だって事実も
あの時の彼女の顔も、反応も、腕の感触も

全部


佐伯「……お前が気付かせたくせに」

高森「ハハッ、首を突っ込んだのはお前だろ」










倉橋「あ、おかえり。カズナ」

「おかえりなさい」

佐伯「おー、ただいま。何かいい匂いすんな」

倉橋「今、ちゃんとホットケーキ作ってたトコなんだよ。お前も食べるだろ?」

佐伯「食う食う。うまそ〜」

「熱々の内にどーぞ。メイプルとバターと生クリームがあるんですけど、どれがいいですか?」

佐伯「メイプルとバター」

「うわ、くどい」

佐伯「るっせ」

「トキヤ君、メイプルとバターのせてあげてください。もういっその事、生クリームもトッピングしちゃえばどうですか?」

佐伯「やめろバカ! 何がいっその事だ!」

倉橋「はーい、生クリーム入りまーす」

佐伯「やめろっつーのー! って、……『トキヤ君』?」

倉橋「ん? 何だよ?」

佐伯「お前じゃねーよ」

倉橋「ト、『トキヤ』って俺の名前だよねぇ!? なに今の理不尽な否定!」

佐伯「いや、名前で呼ばれてっから……」

倉橋「は? お前が言い出したんだろ?」

「そうですよ。カズナ君が言いだしっぺじゃないですか。名前で呼ぼうって」

倉橋「ビックリしたんだぞ〜、昨日、てっさん家に来てみたら玄関のドア開けっぱだし。中には呆然としたちゃんがいるし。
    何かあったのかと思って事情を聞いてみれば、訳の分からない返事だし」


「自分で説明してて、ちんぷんかんぷんでしたもん。『カズナ君に名前で呼べって言われて、呼んだら呼んだで突き飛ばされて逃げてった』」

佐伯「あ、ああ、悪かった。俺、突き飛ばしちゃったんだっけ? 大丈夫だったか?」

「平気ですよ。私はどっちかっていうと、カズナ君の方が心配でしたから。主に頭が」

佐伯「……朝から気分悪くてさ、家帰って測ったら、やっぱちょっと熱出てて」

「え? そうだったんですか? ……やっぱり。もう大丈夫なんですか? ホットケーキじゃなくて、お粥にしましょうか?」

佐伯「一晩寝たら治ったからへーき。そっか、その流れで『トキヤ君』か……。トキヤ」

倉橋「ん?」

佐伯「お前、何ともない?」

倉橋「はあ? 何が?」

佐伯「……」

倉橋「???」

佐伯「そっか、そういやお前」


え? だって可愛いじゃない

時間も遅いんだし、一人でアダルトコーナーには近づかないように


最初から、を女の子扱いしてたんだっけ


佐伯「何でもねーよ。――いただきます」

倉橋「どーぞ」

「どーぞ」

佐伯「(パクッ)」

倉橋「……食べたね」

「食べましたね」

佐伯「な、何だよ?」

「カズナ君」

佐伯「は、はい?」

「7月20日って暇?」

佐伯「7月20日!? えらく先の話だな?」

「暇? 暇ですよね?」

佐伯「ってか、そんな先の予定なんかある訳ねーだろ」

「よかった〜」

倉橋「よかったね〜」

佐伯「だから、何なんだよ、一体」

「今度、7月20日に、たつ君が出演するイベントがあるんですよ! かなり人気の公演なんですけど、無事にチケットが取れまして!」

佐伯「へー、よかったな!」

「はい! で、チケット二枚あるんで、一緒に行ってくれませんか?」

佐伯「……ちなみに、何のイベント?」

倉橋「お前もDVD観た事あるだろ」

「VitaminX〜トキメキ☆フルバーストEvolution」

佐伯「ビタミンXって乙女ゲーじゃねえか!
    あの、ステージで野郎共が『お前が一番好きだぜ☆ んー、チュバッ』とか『何度でも愛を囁いてやろう』とか『フハハ、ハーッハッハッハッハ!』とかやるやつじゃねえか!」


「よく覚えてますね」

佐伯「お前の隣で何十回も観たからな!」

「そこまで把握してるなら、きっと楽しめますよv」

佐伯「お前なあ」

「ホットケーキ食べましたよねぇ」

佐伯「やめろ。魔女みたいな声を出すな」

「実はあのホットケーキには毒が!」

佐伯「はあ!?」

「解毒剤が欲しければイベントに行くと言え!」

佐伯「アホかお前!」

倉橋「ちゃん、カズナがどうしても嫌だってなら、俺が行くよー?」

「でも、トキヤ君にはチケット取るのに協力してもらいましたし……」

倉橋「別にそんな事気にしなくてもいいってば。ホント、甘え下手だなあ」

「……すみません。ありがとうございます」

佐伯「………………俺が行く」

倉橋&「え?」

佐伯「お・れ・が・い・き・ま・す」

「本当に?」

佐伯「本当に」

「よかった〜! ありがとうございます!」

佐伯「どーいたしまして。ホットケーキおかわり」

「はい! もう、じゃんじゃん食べてください!」

佐伯(そういえば……)


出会ったばかりの頃は、頑なに拒否をされたんだっけ――



あ、あー…、いいんです、もう。大丈夫になりましたから

一人でも、別に平気かなーって。折角の休日に、付き合わせる訳にもいかないし……

いえ、あの、ホントに結構ですから……

大丈夫ですから!!




佐伯「……」


それが、こんな風に「お願い」をされる日が来るなんて、思ってもいなかった。
いつの間に、自分はこんなにも、彼女の「内側」に存在するようになったんだっけ?


佐伯「……

「はーいー?」


いつの間に、こんな風に笑いかけられるようになったんだっけ?


佐伯「ー」

「はいはい。だから何ですか?」


そのまんまの自分を見せられる相手は、居場所は、稀。貴重。大切
だから、恋愛関係にはならない


傍に居たいなら、全力で騙し抜け
それが無理なら忘れろよ


佐伯「次は生クリームとメイプルな」

「くど」

佐伯「ハハッ、るっせ」


忘れるなんて、そっちの方が無理だ。

だから、






































































































芽生えてしまったその想いに、静かに、確かに、鍵をかけた




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