第10話 メルト









佐伯「トモ! こっち!」

高森「おー、お待たせ。もう何か頼んだ?」

佐伯「適当にな」

高森「またどうせカラアゲばっかだろ。すいませーん! ビールと、あと、あ、じゃがバターと手羽先お願いします」

佐伯「あ、こっちビール追加で」

高森「あー、ジメジメあっちーなー。不快指数高っ」

佐伯「だよなあ。俺ん家もそうなんだけど、てっさん家がもう暑いの何のって」

高森「物多いしな、あの家」

佐伯「あと人口密度。あの狭い部屋ん中に、俺とトキヤとてっさんとだろ?
    しかもの奴は、すぐにPS3だのパソコンだのやり出すから、また温度が上がるんだよなあ。
    PS3なんてあれ、冬場はつけてるだけで暖房器具要らねぇくれーあちぃの」


高森「相変わらずだな、あいつ。鞄ん中、常に携帯ゲーム機が入ってんだろ」

佐伯「そーそー! ポーチとか手帳とかだろ、普通。マジお前、何でと付き合ってたんだ?」

高森「うーわ、チクるぞ、に」

佐伯「いやだって、あいつってあんまり『女』って感じしねぇじゃん? 猫かぶってる時はともかく」

高森「うん、まあね」

佐伯「営業用の『』がモテんのは分かるんだけどなあ。
    いや、面白い奴だとは思うぜ? 最初の頃に比べれば随分印象変わったし。ただ、女として見た事はねーから、純粋に不思議」


高森「不思議って言われてもなあ……」

佐伯「そもそもあいつ、何であんな猫かぶりなわけ? 別にモテたいって思ってるわけでもなさそうだし」

高森「おま、散々あいつの『素』のいいトコが分かんないって言っといて……」

佐伯「は? いや、あいつは普通にいい奴だろ。女としての魅力はサッパリ分かんねーけど」

高森「……」

佐伯「猫なんかかぶんなくたって、全然大丈夫だろーに、何でああも徹底してるんだ?」

高森「……『オタク』が付加価値にならないって、分かってるからだよ」

佐伯「ふ、付加価値?」

高森「そ。『オタク』が自分にとっての長所にも利点にもならないって分かってるから、それ以外の部分でマイナス評価貰わないようにしてんの」

佐伯「あのー、トモ君? 僕にはーよく分からないんですがー」

高森「だーかーらー、えーっと……ここにが二人いるとする」

佐伯「ほうほう」

高森「こっちのが、乙女ゲーオタクの
    で、こっちのが、オタクじゃない。外見は全く一緒。――彼女にするならどっち?」


佐伯「……」

高森「な? つまりはそういう事だよ。
    別に、『オタクじゃない方』に特別いいトコがある訳でもないのに、『どっち?』って言われたら大抵の奴は後者を選ぶ。
    よっぽど特殊な趣味じゃない限り、わざわざ『オタク』だからって理由で好意なんか持たない。
    それが異性だろうが同性だろうが同じ事なんだよ」


佐伯「……」

高森「『オタクでも好き』って言う奴はいても、『オタクだから好き』なんて言う奴、滅多にいねえだろ?」

佐伯「……まあ、そうかもな」

高森「あいつの場合、『好かれたい』からじゃなくて、余計な面倒は避けたいって理由からだろうけど。単純に、人付き合い下手だし」


昔から素の性格が一般社会ウケ悪かったもので、ついつい取り繕っちゃうんです


素の自分でいるといらん面倒が多いんで。お世辞にも、自分の性格がいいとは思えないですし


佐伯「……でもさ」

高森「ん?」

佐伯「でもさ、笑ったり、泣いたりする前に、色々考えなきゃいけないのって、それって、……面倒くさくねーのかな?」

高森「……」

佐伯「何で、あいつがそんなにいっぱい考えながら喋ったりしてんのに、何も気付かねーんだ? 店の客とかならともかく、付き合ってる男は」

高森「そりゃが気付かせねえからだろ」

佐伯「けど、それは――」




多分、それが普通の反応だと思います。――彼も、同じ反応をしたと思いますよ

…………………………分かった

……睨みながら言わないでくださいよ

俺、そんな顔してる?

はい

そっか。ゴメン。――ゴメン




佐伯「相手が、気付こうともしねえからだろ」




あの時、どうしても納得がいかなかったのは、どうしようもなく腹立たしかったのは、
に対してではなく、相手の男に対してだったのだ。

どうして、もっと分かろうとしてやらないのだ、と。




高森「……結構、大事にしてもらってんだな」

佐伯「あ? 何か言ったか?」

高森「いーや? あ、ジャガバタ来た。お前も食う?」

佐伯「食う食う! バターのってるトコくれ」

高森「嫌に決まってんだろ。パセリのってるトコ食え。むしろパセリを食え」

佐伯「いりませんっ! バターもーらい!」

高森「てめっ、ふざけんな! 出せ! 出ーせー!」

佐伯「ふご、がふごごっ! ――っんぐ、ごっそーさん!」

高森「マジふざけんなよー、一番ウマイトコー……」

佐伯「まーま、ホラ、俺のカラアゲ食う?」

高森「いらねーよ! おま、俺の手羽先は一個もやらねえからな! 絶対だかんな!」

佐伯「そんなキレなくてもいいだろ! な〜、ほら〜、スパイシーと甘辛とどっちがいーいー?」

高森「一人で食ってろ!!」




佐伯「あ〜、食った食った〜」

高森「満腹。給料日前は、こんなに食えねえもんな〜。堪能したv」

佐伯「な〜v …………なーあ、トモ?」

高森「ん〜?」

佐伯「のどこに惚れたの?」

高森「またその話か!」

佐伯「だって普通に気になんじゃん! お前割りとモテんのにさ。しかも、相手は美人ばっか。なあ、何で?」

高森「カズナってホント好きだよな、恋バナ」

佐伯「うん、大好きv」

高森「どこに惚れたか、ねえ……」

佐伯「そうそう。どこに、女としての魅力を感じたか」

高森「……知らない方がいいと思うけど」


知らない方が、幸せだと思うけど


佐伯「は? どういう意味だ?」

高森「お前、の事『』って呼んでるんだっけ?」

佐伯「え、あ、うん。そうだけど?」

高森「じゃ、今度名前で呼んでみろよ」

佐伯「はあ?」

高森「名前で呼んでみるか、自分の事を名前で呼ばせてみろよ。そしたら多分……分かるから」





























佐伯(……とは言われたものの)

「……♪」

佐伯(こいつの事だし、ケロッと一言呼んで終わりなんじゃねえの?)

「……♪」

佐伯「……なー、何聴いてんの?」

「これ? 『メルト』って曲なんですよ。ニコニコ動画の歌い手――素人さんが歌ってて」

佐伯「へ〜。いい感じの曲だな」

「今かけてるこのメルトは『あにま』って人が歌ってるんですけど、他にも色んなバージョンがあるんですよ。
    メルトの歌い手さんだったら、『halyosy』が一番好きかなあ。ニコニコの歌い手さんだったら、『のど飴』がbPですけどv」


佐伯「お前は、ほんっっっと、好きなモンの話してる時はキラッキラしてんな」

「だって、よそではこんな話出来ないし」

佐伯「……なー?」

「なんですか?」

佐伯「ちょっと俺のこと名前で呼んでみ?」

「…………………………はい?」

佐伯「ん? だから、俺の事、名前で呼んでみ? 『カズナ』って」

「……な、ななな、」

佐伯「『な』?」

「何でですか! 何を言い出したんですか、貴方は! この人は! この野郎!」

佐伯「え? え? なんだなんだ?」

「『何だ』はこっちの台詞ですよ。ど、どうかしたんですか? 気分でも悪いんですか? それとも頭ですか?」

佐伯「お前がどうしたんだ。そこまで騒ぐような事か? てっさんやトモの事は、名前で呼んでんじゃん」

「そ、それは、てっちゃんの場合は勢いに押されてだし、トモは一応、その、元彼だし……」

佐伯「だから、俺の事も呼んでみろってば。今まさに『押されて』んだろ、俺に。てっさん時と何が違うんだよ」

「てっちゃんはもっとハイテンションに押してきたんですよ! こう、ノリが違います、ノリが。そんな、サラッと真面目な顔して言わないでくださいよ」

佐伯「なんで?」

「何でって………………………………は、恥ずかしい、から?」

佐伯「……」

「……そこで黙らないで!」

佐伯「アハハハハハハ!!」

「笑うのもやめて!」

佐伯「おま、そ、なんっっっだそれ!! 俺らの前で散々乙女ゲームだの何だのやっといて、『恥ずかしい』!? 羞恥ポイントズレ過ぎだろ!」

「やかましいですよ!」

佐伯「顔が、顔が赤い! ひー! 何だこいつ!」

「もー! うーるーさーいー!」

佐伯「ー、ホラ、『カズナ』っつってみ? カーズーナー。はい、リピートアフターミーv カーズナくーんv」

「知りません言いません言いませんったら言いません」

佐伯「――んー、ちゃん?」

「――っ!!」

佐伯「ちゃん、ちゃーん? さんってば。いいから一回呼んでみろって…………

「!!」

佐伯「――っ」


顔を上げさせる為に掴んだ腕の感触に、息を呑んだ。
決して華奢ではない。
ゲームばかりをしているその腕は、どちらかといえば丸く――柔らかだった。

今まで、付き合いをしてきた女性と同じように。


「……? あの、ちょ、痛いんですけど、……もしもし?」


――あれ?


佐伯(――あれ? え、あれ? なん、で、あれ?)

「佐伯さん? あの、離してほしいんですけど、ちょっと、ねえ、えっと…………か、カズナ君」


そう呼ばないと、離してもらえないとでも思ったのか、観念したかのように、その名が呼ばれた。
そろそろと、こちらの様子を伺うように、顔を上げた彼女に、もう一度息を呑む。


佐伯「!!!」

「おわあ!?」


掴まれていた腕を、いきなり振り払われ唖然とする。
呆気に取られている内に、玄関の扉が乱暴に開け放たれ、閉められる事のないまま、バタバタと足音は遠ざかっていった。


「な、……何だったの、一体……」


一人取り残された部屋の中、場違いなほど明るいメロディが歌う。












































































































































































恋に落ちる、音がした




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