第9話 元彼
佐伯「DVDってさ、返しにくるとついついまた借りちまうんだよな〜」
「そうですね。何か面白そうなのないかなあ、新作以外で」
倉橋「どうせ今日中に見るくせに」
「いえ、まあそうなんですけど。……あの、微笑ましい顔で見ないでもらえます?」
倉橋「だってさん、DVDとか本選ぶ時、心底ウキウキした顔で選ぶんだもん」
「そ、そんな顔してませんよ! 今現在浮かれた顔をしてるのは倉橋さんです!」
佐伯「気を付けろよ〜、。油断してるとそいつ、素で『可愛いなあ』とか言い出すぞ〜」
「ひぃ! そんな事は大家の娘さんに言っててくださいよ!」
佐伯「ムリムリ。完璧天然で言ってっから、意識しちゃう本命相手だとなーんも言えなくなんの」
「ヘタレなのは分かってますけど……。何か、それはそれで私に失礼だな」
倉橋「……二人とも、ナチュラルに俺を苛めんのはやめようよ……」
佐伯「おー、海外ドラマコーナーすぅげー」
倉橋「流行ってるもんね〜。俺、結構韓流とか好き」
佐伯「プリズンブレイクとか見てみてーんだけど、長いからな〜。疲れそう。ぜってー見始めたら止まんねーし」
倉橋「だな〜。――あれ? さんどこ行った?」
佐伯「あ? ったく、ホント黙ってウロチョロする奴だな。――あ、いた。あそこ。準新作んトコ」
倉橋「ホントだ。さーん。……ん? 届かないの?」
「あ、え、」
倉橋「はい、これ?」
「あ、ありがとうございます」
倉橋「届かないんだったら、呼べばいいのに。折角一緒に来てるんだから」
「スミマセン。倉橋さんは何か借りるもの見つかりましたか?」
倉橋「俺はまだ。あっちの韓流コーナー見てくるね。時間も遅いんだし、一人でアダルトコーナーには近づかないように」
「行きませんよ、そんなトコ!」
倉橋「いやだって、アダルトコーナー、アニメコーナーの隣だし」
「……大丈夫ですから、行ってきてください」
倉橋「うん。じゃあ行ってくるね〜」
「……」
佐伯「なに渋い顔してんだ、お前」
「いえ、別に。借りるもの、決まりました?」
佐伯「おう。『ダイハード4』にしたv お前は? ……なんだそれ。『幸せのレシピ』? ……熱でもあんのか?」
「ありませんよ。一番上の棚のやつ取ろうとしてたら、倉橋さんが勘違いしてこっちを……」
佐伯「ああ、だろうな。ホラ、貸せよ。お前の事だから、どうせこっちのだろ? 『パーフェクトストレンジャー』」
「ありがとうございます」
佐伯「普通に『違います』って言やいいのに」
「そうなんですけど、……折角少女漫画のようなシチュエーションなのに、取ってもらう対象がサスペンス映画なのもなあって」
佐伯「安心しろ。最初っからミスキャストだ」
「やかましいですね。サスペンスホラーに舞台変更してほしいんですか?」
佐伯「ハハッ」
「もう……。――あれ? ………………トモ?」
佐伯「は? え――」
高森「……?」
佐伯「え、トモ!?」
高森「カ、カズナ!? 何でお前、」
「え? え?」
倉橋「お待たせ〜。これにするよ〜『思いっきりハイキック』って、あれ? トモ!?」
高森「トキヤァ!? なん、お前ら――」
4人「知り合いなの!?」
〜場所を移してファミレス〜
佐伯「――しっかしまさか、とトモが知り合いだったとはな〜」
高森「それはこっちの台詞でもあるんだけどね。ってか、どういう関係?」
倉橋「てっさん繋がりだよ」
高森「ああ……。その一言で全て納得出来てしまうのがあの人の不思議だよな」
「三人が一緒の大学とはね〜……。月並みな言葉になるけど、世間って狭い」
佐伯「んで? お前らは?」
高森「ん? 何が?」
佐伯「どういう関係? やっぱり、てっさん繋がりか?」
高森「いや? 元かの」
佐伯&倉橋「……」
高森「え、あれ? 言っちゃまずかった?」
「ううん。この二人、私のそっち方面の話になると、決まってフリーズするのよ」
高森「ふーん。珍しく、素で付き合ってんだ。どういう心境の変化だ?」
「……別に。何頼む?」
高森「ハンバーグ。セットの方」
「セットだと、野菜がわんさかついてくるよ。単品にすれば?」
高森「ご飯とスープ欲しいもん」
「だめ。どうせ私の方に野菜入れるつもりでしょ。私も嫌いだもん。だめ。いらない」
高森「ケチー」
「ケチ違う。じゃあ、私がオムライスセット頼む。これなら、あんまり野菜付いてこないし。
で、スープはトモにあげる。オムライスは半分こ。それならいいでしょ?」
高森「さっすが。それでいきましょー」
佐伯「放置すんなお前ら!!」
倉橋「そうだよ、どんだけ放っとくつもり!? このマイペースコンビ!」
高森&「す、すみません」
佐伯「元かのって、ことはあれか! が、トモと、昔、付き合ってたってことか!? 付き合ってたんですか!?」
「なぜゆえに敬語!? は、はあ、そうですね。『元』彼女っていうぐらいですし、そういう事になりますね」
倉橋「えええ、想像出来ない! 全くイメージが沸かない!」
佐伯「何で別れたんだ!?」
高森「お前ら、いくらビックリしてるからって、勢いだけで喋るなよ。さっきからすげぇ失礼だぞ。――何で別れたんだっけ?」
「何でだっけ?」
佐伯&倉橋「えええええ!?」
高森「っていうか、俺ら、いつ別れたんだっけ?」
「いつだっけ?」
佐伯&倉橋「はああああ!?」
「二人とも、うるさいです。お店の迷惑になるでしょう。シーッ」
倉橋「ご、ごめんなさい。それにしたって……今の、どういう意味?」
高森「そのまんまの意味。何で別れたのかも、いつ別れたのかも分かんない」
「まあ、いわば『自然消滅』ってやつじゃないですか?」
佐伯「……」
「はい?」
佐伯「お前、今『素』だよな?」
「よく気が付きましたね。そうですよ。トモは、私が唯一、猫をかぶらないで、素で付き合った相手です」
高森「ハハハ、いまだに俺だけなのかよ」
「……分かってて言わないで」
高森「はいはい」
佐伯「見た感じ、すげぇいい感じで喋ってるよな? 普通に。なのに、ダメだったのか?」
倉橋「お前はホントに……そのズバズバ言う癖何とかしろよ……」
高森「駄目だったんだよ」
佐伯「……」
高森「一緒にいて、一回もウザイなんて思った事ないし、空気みたいだった。
電話が来なくても気にならない、気にしない。毎日会わなくてもいい、会おうとしてこない、理想的な相手」
「今まで付き合ってきた、どんな相手よりも居心地が良かったんですけど……」
高森「……会わなくても平気、連絡しなくても平気。自然と、どちらからともなく離れてっちゃったんだよな。ハハハ」
「……ねー、アハハ」
倉橋「は〜、もう……」
佐伯「お前らはホントに……」
高森&「アハハハハハ」
佐伯「終電、間に合いそうか?」
高森「多分な。、お前、まだ実家なの?」
「え? あ、うん」
高森「じゃ、俺らこっちだから。またな、カズナ、トキヤ」
佐伯「お〜。また今度飲もうぜ」
倉橋「おやすみ、二人とも。気を付けてね」
「おやすみなさい。倉橋さん達も気を付けてくださいね」
高森「……」
「……」
高森「……っく」
「……なに笑ってるの」
高森「いーや? 随分と変わったんだな、と思って」
「そう? トモと付き合ってた頃と……何も変わってないと思うけど」
変われて、ないと思うけど
高森「変わったよ。街中で偶然会って、お前の方から声掛けられるとは思わなかった。
前のお前だったら、例え知り合いに会ったって、相手が気付かない限り放置だったろ」
「……否定はしない」
高森「思わず耳を疑ったね、俺は」
「はいはい。そんな大した事でもないでしょうに」
高森「大した事だっての。だって、『俺』相手にだぞ? 完璧あの二人の影響だろ。前向きになったもんだな〜」
「あのねえ」
高森「みっともなく、悪あがきしてんだ?」
「……」
高森「あの二人の傍に、『素』で居たいって思ってるんだろ。頑張っちゃって」
「…………そう、だよ」
高森「……無駄だと思うけどね。お前みたいに、屈折した考え、誰も受け入れてなんてくれない」
「トモ……」
高森「好きだから、必要以上に好きになってほしくない」
「……トモ……」
高森「そんな考え、受け入れてくれるような奴いねーよ。もう諦めろって。お前、向いてないんだよ、人付き合い。俺と一緒で」
「……分かってるよ」
高森「適当に、しときゃいいじゃん。何で、わざわざ傷つこうとすんの」
「……最後、だから」
高森「……」
「これで駄目なら、諦める。今度こそ」
高森「……………………俺はもう、諦めちゃったよ」
「……うん」
高森「――あ、電車来た。んじゃ、おやすみ〜。気を付けてな」
「え、トモは?」
高森「さっきからケータイぶるってんの。もう一本後ので帰るわ」
「そう。うん、おやすみ。トモも気を付けてね」
高森「おー。――〜」
「ぅん?」
高森「……頑張って、……頑張って、頑張って、……それでも駄目だった時は」
リメイクの施されたスニーカーが、軽くホームのコンクリを鳴らす。
カツコツと、足元でラインストーンのドクロが笑った。
高森「……晴れて『こっち側』の仲間入りだな」
「そうならないように頑張る」
高森「うん、頑張れ」
「今、心の中で『せいぜい』って付け足したでしょ」
高森「ハハッ、分かってて聞くなよ」
「はいはい」
高森「………………………俺の時は、頑張ってくれなかったくせに」
〜♪〜♪〜♪
高森「あれ、ホントに鳴ってきちゃった。
――もしもし? ああ、ユリちゃん。どうしたの? ん、今から? ……いいよ。その代わり、泊まってっちゃってもいーい?」
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